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March 31, 2005

戦闘で勝ったが戦争に負けたライブドア~次の一手は韓国企業との提携か?

  • ニッポン放送株の過半数を手中にし、フジテレビを引き受け先とする新株予約権の発行禁止命令を東京地裁に続き東京高裁からも引き出して勝ち上がってきたライブドア。しかし大きな落とし穴が待っていた。

  • ニッポン放送で最大のクラウンジュエルであるフジテレビ株を議決権をつけたまま貸し出されてしまったのだ。それも最も嫌な相手であるヤフーのグループ企業のソフトバンク・インベストメント(SBI)にだ。

  • 韓国の大手新聞『中央日報』のインタビューに応じたホリエモンこと堀江社長の次の一手は韓国企業との提携なのだろうか?


ニッポン放送株の過半数を手中にし、フジテレビを引き受け先とする新株予約権の発行禁止命令を東京地裁に続き東京高裁からも引き出して勝ち上がってきたライブドア。しかし大きな落とし穴が待っていました。ニッポン放送で最大のクラウンジュエルであるフジテレビ株を議決権をつけたまま貸し出されてしまったのです。それも最も嫌な相手であるヤフーのグループ企業のソフトバンク・インベストメント(SBI)に。

2月8日の記者会見で口を滑らせてしまったように、ニッポン放送そのものよりもその価値の大半を占めているフジテレビを手に入れたかった堀江さんにしてみればしてやられたと臍を噛む思いでいることでしょう。戦闘では勝ち続けてきたのに、トンビに油揚げをさらわれて戦争には負けが決まってしまったのですから。平静を装っていますけれども、勝負が着いちゃったことを堀江さんは認識しているはずです。そして敗戦処理に奔走しているのでありましょう。だからこのところ表立った行動をしていないのです。

獲得したニッポン放送株を全部名義変更すれば子会社化できるのにそれをしていないというのは、ライブドア本体に負担がかからないようにするためだと思います。攻め一方のようにみえて慎重と言うか老獪ですね。

韓国の代表的な日刊紙である『中央日報』のインタビューに応じ、「韓国のように20、30代の企業総帥が出てきて、活発に新陳代謝が行われなければならない」とか「(日本企業よりも)若くて優秀で攻撃的な韓国企業は、韓国よりも規模が大きい日本市場でお金を稼ぐ機会を持っている。ブランドをまず広く知らせる戦略で市場を狙うべきだ」などと発言したようですが、次は韓国企業との提携を考え、韓国での知名度アップを狙ってインタビューに応じたのでしょうか。

目の付け所はおもしろいと思います。

韓国の人々は認めたがりませんが、韓国が近代化を果たせたのは韓国併合によって日本が近代的な社会システムを持ち込んだからです。1997年の危機は金泳三(キム・ヨンサン)大統領の失政も原因のひとつですが、真の原因は日本が持ち込んだ社会システムが制度疲労を起こしてしまった点です。使いものにならなくなった日本システムに変わってIMFによってグローバルスタンダードのシステムが持ち込まれました。外圧によるとはいえ、韓国は短期間でこの改革をやり遂げました。国民的な人気を集めていた金大中さんが大統領だったことがそれを可能にした面が大きいですね。それは韓国にとって歴史的な僥倖だったと思います。まさに天の配剤でしょう。日本システムを捨てグローバルモデルに乗り換えるというドラスティックな改革をやり遂げられた、そのために日本がもたつくのを尻目にV字回復を達成できたのです。

IMFによって持ち込まれたグローバルスタンダードのシステムとはアメリカ流の資本主義であり、堀江さんの経営観にピッタリあっているはずです。多分、日本国内でゴチャゴチャやっているよりは短期間でビジネスを大きくできることでしょう。

ライブドアという会社が虚業だということは堀江さん自身も口にしています。何もない会社で、あるのは人々の期待によって支えられている株の価値だけだというわけです。虚業は消えていくのみです。堀江さんがガムシャラやっているのは早く実業にしないと危ないから。

ライブドアという会社は堀江さんという経営者で持っている企業です。上場企業ではあるけれどもまだまだ「堀江商店」といった雰囲気を色濃く残している会社です。個人営業の店を繁盛させるには、その経営者の手腕を発揮できる環境になければなりません。自力で環境を変えられないのなら、自らの置き場を変えてみるのも手ではあります。堀江さんの経営手腕を活かすには、アメリカ流の資本主義による社会システムが整備されているところの方が良いのなら、そこで手腕を発揮し実業への転換をはかるという道もあるのではないでしょうか。

今後の活躍の場が日本になるのか韓国になるのかはわかりません。いずれにしても織田信長や豊臣秀吉じゃ駄目だよ。徳川家康にならないと。そのためにはどうしたらよいか。ひとつ考えられるのは経団連の奥田会長のところに挨拶に行くことです。実務は若いスタッフでなんとでもなります。がしかし、経営はそうは行きません。堀江さんに今必要なのはメンターです。奥田さんが面倒見てくれるかどうかは未知数ですが、駄目で元々。奥田さんの言動をみているとはなから否定してかかっている人たちとは違って、少なからず堀江さんを買っている部分のあることが窺えます。会ってみる価値はあるはずです。

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March 30, 2005

自分の個人情報を抹消させるのに手数料を取られるとは……

  • 来月1日から個人情報保護法が施行される。

  • 個人情報の定義やその扱い方がルール化され、本人の同意なしに第三者へ提供することが禁じられたり、本人から求めがあれば迅速に削除しなければならないことになっている。

  • しかし、一部の業者は削除の手続きで手数料を徴収すると言う。これはおかしくないか。


来月1日から個人情報保護法が施行されます。そのポイントは、

  1. 個人情報の取得および利用に関するルールの明確化
  2. 適正な管理による安全確保
  3. 予め本人の同意を得ていない個人情報の第三者提供の禁止
  4. 本人の関与と苦情処理の仕組の確立
内閣府(国民生活政策)資料などより作成

です。

本人の同意なしに個人情報の第三者に提供されることの禁止や、内容の訂正や削除を求める本人からの要求があった場合迅速に対応しなければならないことが法律として効力をもつことは良いことです。

がしかし、一部の名簿業者は「本人から求めがあれば手数料を取って情報を抹消」することにしているといいます。これっておかしくありませんか? ひとの個人情報を勝手に集めてリスト化しているのに、それからの削除を求めたら手数料を取るってどういうこと?

[関連URL]
個人情報の保護に関する法律(平成十五年五月三十日法律第五十七号)

個人情報の保護に関する法律施行令(平成十五年十二月十日政令第五百七号)


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March 29, 2005

ステレオタイプの「韓流自虐史観」から抜け出せるのは何時?

  • ステレオタイプの「韓流自虐史観」が日韓友好の障害になっている

  • 日韓友好を慮った日本政府の対応がすべて裏目に出て「韓流自虐史観」を助長

  • 「植民地支配=悪」という単純な図式を乗り越え、そのディテールをしっかり把握するとともに、戦後60年、基本条約を締結してからでも40年間の歴史をきちんと受け止めるべき

またまた朝鮮半島ネタですみません。

今月16日、島根県議会が「竹島の日制定条例」を可決成立させました。これを受けて韓国内では日本に対する反発が高まっています。

「日本の領有権主張には過去の植民地侵略を正当化しようとする意図が隠されている重大問題」と韓国政府は位置づけているようですが、これ自体ステレオタイプな見方ですね。「未来志向で」なんて言っていたのがすっかり元に戻ってしまいました。そしてこういう見方しか受け付けないのですからどうしようもありません。少しでも自分たちの見方と違ったものに対しては「妄言」と決め付けます。そして反論する機会すら与えず社会的に抹殺するのですから言論の自由などないも同じです。


以前にも紹介しましたように、竹島は歴史的にも国際法的にも日本領土であることに間違いありません。

竹島の領有権が日本にあることは、「日本国との平和条約」(対日講和条約あるいはサンフランシスコ条約とも呼ばれる)によって規定されています、すなわち、その第2条(a)で日本が朝鮮に返還する地域は「済洲島、巨文島及び欝陵島を含む朝鮮」と明示され、竹島は含まれていません。つまり、国際的には竹島は日本領と認められているわけです。

李承晩ラインが設定されたのはこの条約の発効直前でした。韓国はそれまで対馬を自国領とすべく画策していたのですが、それに失敗すると急に彼らが獨島と呼ぶ竹島にこだわるようになりました。そして一方的に領有権を主張し、日本国との平和条約が発効する直前に実力行使に出ます。日本の艦船に銃撃を加えるなど武力をもって占拠し、今日に至っています。すなわち、国際法的には現在の竹島の状態は韓国による不法占拠なのです。

歴史的にというのは、1618年の大谷・村川両家に対する鬱陵島(当時の呼称では竹島あるいは磯竹島)への渡航許可以来、80年近く中継地として使われたり、またアシカ漁などが行われてきた実績がありますし、いわゆる「竹島一件」においても今日竹島と呼ばれている当時は松島と呼ばれていた小島の領有権を日本は放棄していません。鬱陵島への渡航が禁じられてからも日本の漁師によって開発されてきたのです。明治時代になってもそれは変わらず、アシカ漁などのために多くの日本人が渡っていました。

1905(明治38)年1月28日、日本政府は江戸時代には松島と呼ばれ、この時期には「リャンコ島」とも呼ばれていた島に竹島という名をつけ、日本領に「編入」することとしましたが、これは歴史的には日本領であるけれども国際法の上でも日本の領土であることを明らかにするために取られた措置です。「編入」などという表現をしているので誤解されることもあるのですが、この措置は竹島が日本の領土であることを再確認したに過ぎません。当時の日本はアジアに進出してきた西洋列強と比べたら弱小国であり、彼らに横槍入れさせないために必死でした。ですから、竹島が日本に帰属することを彼らの法理に基づいて明確にし、認めさせる必要があったのです。手続き上、無主地の法理を用いていますけれども、実際には日本領であることの再確認なのです。

一方、韓国側は「武力を背景に強奪された」とし、その後の韓国併合へいたる「日帝による侵略の象徴」と位置づけています。

韓国政府は「歴史的な資料拡充と国際法的論理の確保など、総合的な対策作りに乗り出す」というのですが、客観的に歴史的な資料を集めていけば「竹島は日本の領土」を認めなければならなくなるはずです。韓国側の主張を裏付けるような史料を見つけようとするなら歴史を捏造するしか手はないでしょう。なぜならば、1905年以前に韓国(朝鮮)が竹島を実効支配した証拠がないからです。支配していなかったのに強奪されるなんてことがありえるのでしょうか。

韓国側の主張は、安龍福の嘘と郡守・沈興澤の誤解によって辛うじて命脈を保っているに過ぎません。安龍福の「証言」が嘘だというのは『粛宗実録』と日本側の記録とを付き合わせればわかることです。また沈興澤による江原道庁への報告が事実誤認に基づくものであることは明白です。ところが、この事実誤認に江原道の役人も中央政庁の役人も気づかず、それどころか内部大臣の李址鎔までもが「独島が日本の属地という理は無い」と語っています。李址鎔は独島なる島がどこにあるか知らなかったはずですし、そもそもそれが実在するものなのか否かも疑うことがありませんでした。ちなみに「獨島」という言葉は、この沈興澤の江原道庁への報告文において初めて用いられています。

しかし、たとえ誤った認識であろうと広く国民の間に流布していることで大きなパワーを得ます。一方、日本においては教育現場ではまったく教えられていないと言って良いですし、天気予報にもまた国土地理院発行の地図にも登場しなくなっています。韓国との友好関係を慮って取られてきた措置がすべて裏目に出てきているわけです。最近の日本での報道をみても「急に取り上げられた問題」という認識のものが多いようですが、問題は60年近くくすぶり続けていたのです。ただ真正面から取り上げられてこなかっただけのことなのです。そのような状況に痺れを切らしたのが今回の島根県の「竹島の日」制定というわけです。

この問題の解決に日本政府が本腰を入れて取り組むかというと疑問です。たとえば、世界的な地図サイトであるMultimap.comでは竹島を韓国領としています。元々は日本領と記載されていたのですが、昨年7月、鬱陵島が日本領と記載されていたのを修正させる際、「獨島はわが領土」と言ってこれまでも書き換えさせてしまったのです。韓国政府の対応は早かったですね。韓国のマスコミが騒いでから「修正」させるまで1週間かかっていないんじゃないかしらん。それに引き換え日本政府の対応は遅すぎます。私は韓国が書き換えさせた直後にこのことに気づいて官邸サイトの窓口からメールで知らせたのに半年以上過ぎてまだ対応していません。ここで対応しないなら放棄したものと取られてしまいかねないのに動こうとしないのは怠慢以外の何ものでもないでしょう。

日本政府が竹島問題に真正面から取り組まず、問題が存在しないかのような姿勢を取り続けることは真の日韓友好を阻害するものだと思います。言うべきことは言わないと韓国側の「自分たちは小国である、一方的に虐げられた存在なのだ」という「韓流自虐史観」を払拭させることはできないと考えるからです。

日本は戦後60年、武力をもって他国に攻め入ったことはありません。しかし韓国は国際法上日本の領土とされている竹島を武力をもって占拠しています。そして国際司法裁判所による裁定という平和的手段でもって問題解決を図ろうという日本の提案を拒否し続けています。彼らは韓国併合を日本の帝国主義的支配として「日帝」と表現していますけれども、それをもじって言うなら今日韓国のしていることは「韓帝」といわざるを得ません。しかしこんなことを彼の地で言ったならば「妄言」とか「日帝の植民地支配を正当化しようとしている」などの感情的な反応を示され吊るし上げを食うことでしょう。そのような反応を示す背景にあるのは韓流自虐史観です。それは自己を過小評価するとともに、日本の支配が当時の他の国々のそれよりも一層ひどかったとしています。しかし実のところは他の国々の支配と比べて著しく苛斂誅求を極めたというわけではありません。では日本の自由主義史観論者の言うように「朝鮮から搾取するどころか資金を投入していたのであって、西洋列強の植民地政策とは一線を画すものであった」のかというとそれも違うようなのです。この時期は世界的な不況期にあたり、どの植民地も本国政府の支援なしには立ち行かなかったようですから。

歴史には罪もあれば功もあります。光もあれば陰もあります。複雑な形をした立体であるのに、一面的な見方をして平面でしかとらえず、「真実の究明」と言いながら実際には「糾明」をしようとしているところに未来を創造していく力があるとは思えません。他の問題では理性的な分析記事を掲載するようになった韓国のマスコミが、こと歴史の問題となると極端な民族主義者になって国内世論を扇動しているのはどうしたことでしょう。公正中立であるはずの学会までもが極端な民族主義者に乗っ取られ、彼らの主張に沿ったものしか発表できなくなってしまっている現状をみるにつけ大いに違和感を感じます。民族の誇りを大切にすることは必要ですし、ないがしろにしてはならないものだと思います。がしかし、それが行き過ぎるとかつて日本が犯した過ちに繋がるのですが……。そのことに韓国の人々は気がついているのでしょうか?

[関連ファイル]

Dokdo is not Korean territory. The island is the Japanese territory where it is called Takeshima. It is decide by Treaty of San Francisco.
Article by Korean about Takeshima(Dokdo)

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March 24, 2005

「黄金のおにぎり」はブランド論を押さえておきたいビジネスパーソンの必読書


  • 「黄金のおにぎり」は3時間でブランド論のあらましを理解できるビジネス小説。

  • 従来のビジネスは「モノ」に偏りすぎていた。「モノ」が売れていくためには「コト」が欠かせない。それを構築していくのがブランド戦略。

  • 強いブランドはお客様の信頼を裏切らない地道な努力によって生み出されていく。


高橋 朗:黄金のおにぎり,ナナ・コーポレーション

黄色い表紙に漫画チックなおにぎりのキャラクター、そんな装丁の1冊の本を先週末まで手に取ることもなかったことを悔いています。その本、『黄金のおにぎり』は、その姿に似合わずブランド論を押さえておきたいビジネスパーソンにとって必読書だったからです。

著者の高橋 朗さんは、良いモノ(製品)が良い商品になるためには「+α」が必要だと強調しています。この「+α」を作り出していくことがブランド戦略であり、それはお客様の心を読み取り、心を掴むことだと繰り返し指摘しています。

それがこの本の伝えようとしているメッセージの核心なのですが、この本が小説という形式を取ることにも反映されています。仮想空間ではあっても動きのある場に置かれることで生き生きとしてきますし、読み手自身のビジネスに引き寄せて考え、実践していくためのインスピレーションを与えてくれるからです。

「モノ」偏重のビジネスシーンに「コト」を復権させることの大切さを思い起こさせる素敵な1冊です。ぜひ読んでみてください。

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March 23, 2005

竹島問題~島根大・内藤名誉教授への反論

  • 3月17日付けの東京新聞(電子版)で竹島問題の争点を2人の識者の対論を通じて整理している。

  • 内藤さんの説は主観的な論理展開やべき論が多い。史料から読み取れる事実を重ね合わせていくと、その主張は破綻する。

  • 「妄言」と決め付けて日本側の発言を封じ込めてきた韓国側と、きちんと論理的に説明してこなかった日本側双方に問題解決を遅らせている責任がある。問題解決のためには日本人がもっと竹島のことを知り、それをしっかり主張することである。葛藤を恐れては真の友好関係は築けないし、外交交渉においては「和をもって貴しとなす」は通用しない。


3月17日付けの東京新聞(電子版)が「対論『竹島』はどちらのもの~二人の識者に争点を聞いた」という記事を掲載しています。拓殖大学教授の下條正男さんと島根大学名誉教授の内藤正中さんへのインタビューをまとめたものなのですが、どちらの言っていることが納得できたかというと圧倒的に下條さんです。

ここでは内藤さんの意見を取り上げ、反駁を試みることにします。



 ――日本の外務省は「竹島は歴史的にも国際法上もわが国固有の領土」と主張しているが。

 「十七世紀半ばまでに、幕府が鳥取藩の米子町人に渡海許可を与えることなどを通じて実効支配していたというのが日本政府の主張だが、非常に粗雑な説明に終始しており、固有領土論は根拠が薄いというのが実態だ」

内藤さんの主張は「池田家文書」の中で鬱陵島(当時の呼称は竹島)への渡航は許可しているが、土地を与えるという文言が出てきていないことから、この幕府の渡航許可は交易行為を行うことを認めたに過ぎないとしています。確かに「池田家文書」には渡航を許可するとあるだけで土地を与えるという文言は現れていません。だからと言って「池田家文書」を交易許可状であるとするのはいささか無理があるように思われます。というのは、徳川幕府は厳格な鎖国政策を取っていたからです。日本領と認識していなければ渡航を認めはしないでしょう。日本領と認識していたからこそ渡航許可を出したと解すのが妥当です。

このことは、1836年に石州浜田の回船問屋八右衛門が、鬱陵島へ渡り密貿易をしていたことが明るみにでた事件がありますが、その裁判の判決文に「松島へ渡海の名目をもって竹島に渡り」とあることからも窺い知れます。つまり、この一件で問題になったのは朝鮮領の鬱陵島への渡海であり、松島(現・竹島)への渡海については何も問題にされていないのです。日本の領土であれば渡ってもいいが、他国、それがたとえ通信使を受け入れている朝鮮であろうとも日本の国外へ行くことはまかりならんというのが幕府の政策であったわけです。すなわち渡航許可状は交易許可状などではありません。



 ――渡海許可を得た町人の家に伝わる文書では、鬱陵島や竹島を幕府から「拝領」していたとある。

 「封建時代、土地はすべて領主のものであり、たとえ無人島であっても幕府が町人に分与することなど本来あり得ない。文書が書かれたのは、渡海許可を得た人物の二、三代後。子孫が先祖の業績を過大評価して『拝領』などの表現を使ったのだろう」

「幕府が町人に分与することなど本来あり得ない」と内藤さんは断定的に言っていますが、鈴木 理生:江戸商家と地所―江戸草分け町家の存続と守成によれば町人でも幕府から土地を拝領することがあったことが窺えます。



 ――ほかにどんな点で根拠が薄いのか。

 「日本は一六九六年に鬱陵島への渡海を禁じた。それは竹島の領有意思否定を意味する。日本政府は『当時幕府が禁じたのは鬱陵島への渡海であって竹島は禁じていない』と言うが、渡海禁止によって竹島に行く者も途絶えた。竹島は朝鮮のものと認識されたとみるべきだ」

近代歴史学は科学なのですから主観的な意見や「べき論」などで言ってもらっては困ります。鬱陵島への渡海の禁を「竹島の領有意思否定を意味する」というのはあまりに主観的ですね。また「渡海禁止によって竹島に行く者も途絶えた」というのも事実に反しています。竹島一件(安龍福事件)によって鬱陵島への渡航が禁じられてからも当時松島と呼ばれていた竹島への渡航が続けられていました。その証拠に詳細な地図が複数描かれていますし、明治時代に入ってからは竹島での漁労の様子を撮影した写真が残されています。



 ――日本側が領有を否定したと考えられるのはこれだけか。

 「もう一度ある。明治時代に入ると鬱陵島に渡る日本人が再び出始めた。一八七六年に同島の開発申請が出されたのに対し、明治政府は翌年、鬱陵島とほか一島は『本邦とは関係ない』という太政官決定を下した。『ほか一島』は属島である竹島を指すとみられる。つまり、日本は江戸時代と明治時代に二度、竹島が無関係の島だと言ったが、領有意思を主張したことは一度もない」

この太政官布告で「外一島」としている島が竹島であることを示す積極的な証拠はありません。
「(竹島の)領有意思を主張したことは一度もない」というのも嘘ですね。1656年に当時松島と呼んでいた竹島への渡航許可を幕府は改めて出しています。この渡航許可は先述のように日本領と認識していたから出されたものと解するのが妥当です。したがって間接的ではありますが、竹島の領有を主張するとともに、1950年代に韓国が武力でもって占拠するまで日本が実効支配を続けてきたのです。一方、韓国(朝鮮)が実効支配していたことをうかがわせる証拠はまったく出てきていません。それどころか正確な位置の記述された文書や地図さえも出てきていないのです。これは何を意味するのか言うまでもないでしょう。



 ――朝鮮側は長年、鬱陵島の無人化を実施した。属島の竹島は見たこともなかったはずで、結局、竹島はだれのものでもなかったのでは。

■大韓帝国勅令で属島管轄を宣言

 「一九〇〇年に大韓帝国勅令で鬱陵島を領土と宣言し、属島の『石島』を管轄するとした。石島は竹島のこととみられ、既に領有国は決まっていた」

1900年の大韓帝国勅令第41号を根拠にしていますが、これは国際法上不備のある代物です。位置の記載がないのです。緯度経度で島の位置が示されていないのはその島の存在を本当に知っていると信じるに足りません。この書式でしたら領土的野心を持った国が「鬱陵島はわが領土」と言い出したら持っていかれていたかもしれません。幸いそんなあこぎな国が周辺になかったので鬱陵島は今日も韓国の領土でありますが。

また仮に勅令第41号が国際法的に有効であるとしても、そこにある石島と竹島が同一のものであるという明確な証拠はありません。石島と竹島の韓国名である獨島の発音が似ているというだけでは「既に領有国は決まっていた」などとはとてもでないが言えません。はっきり言って発音が似ている云々と言うのはこじつけですよ。これこそ「粗雑な説明」なのではないでしょうか。

内藤さんの主張はすべて私でも反駁できる程度のものです。こんな論証の甘いレポートなら私が指導教官だったら合格にはしませんね。先に結論があって、それに合わせて論を展開しているような印象を持ちました。


それはともかく、この東京新聞の記者氏、ちょっと勉強不足みたいです。竹島は鬱陵島の属島などではありません。日本領土であることが明々白々としている竹島を韓国領にしたい勢力が言い出したことを真に受けているようです。もっとも竹島について確かな知識を持っていないのはこの記者氏だけではありません。私もほんの数年前までは竹島は日本領という漠然とした認識しかありませんでした。歴史的経緯や国際法上の位置づけは学び直して最近知ったものです。

竹島が日本の領土である根拠なんて日常生活を送る上では必要のない知識です。まさにトリビアでありましょう。しかし政府が外交交渉を進めていく上では、国民の後押しが必要です。論理的には破綻しているにもかかわらず韓国があれほど強気に出られるのは、国民の支持の賜物です。国民の支持の強さは日本が見習うべき点だと思います。

日本政府の対応は甘いも甘い、大甘です。外交交渉においては「和をもって貴しとなす」は通用しません。外交とは言葉を武器にした戦争です。自説を曲げず相手の主張を論破し、相手の譲歩を引き出すものです。最終的には「和をもって貴しとなす」で構わないのですが、そこに至る過程では葛藤を恐れず立ち向かって行かなければならない局面があるのです。そのような厳しい局面を乗り切れるか否かは国民の支持があるか否かにかかっています。正しい知識を得、沈着冷静かつ論理的にそれを主張できるようともに学んで行こうではありませんか。

[関連ファイル]

Dokdo is not Korean territory. The island is the Japanese territory where it is called Takeshima. It is decide by Treaty of San Francisco.
Article by Korean about Takeshima(Dokdo)


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March 22, 2005

地下鉄サリン事件被害者に国家補償を

  • 10年前にオウム真理教によって引き起こされた地下鉄サリン事件の被害者への賠償はたったの3割しか実行されていない。

  • オウム真理教(現アーレフ)が責任を負うのは当然のことだが、それに頼っていては被害者支援は不十分なままだ。

  • 最終的な責任はオウム真理教に負わせることにしても、被害者への支援は国が責任をもって行うべきだ。


オウム真理教(現アーレフ)によって引き起こされた地下鉄サリン事件から10年が経ちました。被害者は未だに影響を受けていて、重い後遺症に悩まされている方もいれば、今後後遺症が出るかもしれないという不安を抱えている人も大勢いると言います。

オウム真理教による賠償金の支払いは10年経っているのに3割ほどしか支払われていないのだとか。通勤途上にあった方は労災保険の適用を受けられていますので少しはましなのですが、学生や生徒、墓参りのためにたまたま乗り合わせたという人などは充分な支援が得られず難儀をしているのだといいます。地下鉄サリン事件被害者の支援は国が責任を持つべきです。

ところが政府の対応は鈍いのです。主権者である国民の生命・財産を守るのは国の仕事。その執行に当たるのが政府のはずなんですが……。

官邸サイトの窓口から「地下鉄サリン事件被害者に国家補償を!」という主旨のメールを送っていただけるとうれしいです。

あるいはあなたの選挙区の国会議員にメールを送るのもいいかもしれません。

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March 14, 2005

ちょっと素敵なビジネスブログ~その1

  • 「誠実な会社であり続ける+ちょっとはお客様に開かれた会社」であるためにある日本企業の始めた取り組みに注目を!

  • その企業、ブラザー工業がマーケットとの対話のために選んだツールはブログだった。

  • ブログは単なる日記ツールではない。「囲われ込み」を実現するためのコミュニケーションツールである。



どうもこんにちは。ブラザーに勤める松原です。

突然ですけど、ある日河原で考えたんです。

『最近企業の残念なニュースが多いなぁ』

         ↓

『企業への不信感が募ってるよ』

         ↓

『信頼される会社になるにはどうしたらいいんだろうか?』

         ↓

『誠実な会社であり続ける+ちょっとはお客様に開かれた会社があってもいいんじゃないの?』

ってそんな単純な発想で、ブログなるものに、チャレンジしてみようと思い立った訳です。

「ブラザー社員のブログ brotherhood」
2005年2月15日付けより

こんな書き出しで始まるブログがあります。先月ブラザー工業がモノクロレーザープリンタ「HL-2040」の販売促進のために開設したものなのですが、良い感じですね。従来の企業サイトにありがちな無味乾燥な情報の羅列や一方的な情報発信とは一線を画したものになっています。

21世紀の企業経営においては、顧客との対話が大切になってきます。未成熟だったり発展途上のマーケットであれば従来型のマス・マーケティングが通用しますし、恐らくそれを採用するのが最も効率的なはずです。

がしかし、成熟したマーケットではそれは通用しないでしょう。なぜならば顧客の求めるものは細分化し、加えて求められる水準が高くなるからです。顧客というよりも「個客」と呼んだ方が良いようなマーケットに対してマス・マーケティングは無力です。

ではどうするか?

私は「囲われ込み」だと思います。20世紀までは「囲い込み」が成功企業の用いるパラダイムでした。しかしそれが機能するためには顧客との間に著しい情報の非対称性が必要でした。企業側がより多くの情報を持ち、そのことにより優位性が生み出されていたからこそ、「囲い込み」が機能したのです。

ところが通信インフラの質が向上するとともに低価格で供給されるようになり、加えて情報機器が個人でも揃えられる程度の価格になって急速に普及してくると、誰でも比較的容易に情報を入手できるようになり、情報の非対称性が急速に解消されます。それにともなって企業の優位性は崩れてきています。それにも関わらず多くの企業では昔ながらの発想で囲い込み政策を取り続けているのですね。その囲いに大きな穴が開いているのを知ってかしらずか……。

囲われ込み」とは顧客による囲い込みです。このことから「企業は受身で消極的な弱い立場になってしまうのか」と受け取られ反発される方も少なくありません。けれども実際にはまるっきり逆なんです。企業はもっとおしゃべりしなければならなくなるのです。今まで以上に顧客と関わらなければならなくなるのです。その道具としてブログは使えます。この「ブラザー社員のブログ」は、そのことを実感させてくれるブログなのであります。

とまあ、ここまでは私の屁理屈。御用とお急ぎでない方は、この後薀蓄を傾けますのでそちらの方もお付き合いいただければ幸い。

さて、「ブラザー社員のブログ」の心地よさはどのようにしてもたらされているのでしょうか。

いろいろな要因が絡み合って醸し出されているのだと思いますが、基本と言うか根底にあるのは取り組む姿勢です。「あっ、私の方を向いていてくれるな」と感じさせる姿勢をアクセスしてきた人たちに感じさせています。それが第一のポイント。

テクニカルなことを言えば、白いことと写真でなくて似顔絵を使っていることもこのブログの魅力を生み出すために貢献しています。

ギッシリ文字で埋め込まれたら息苦しいのですが、適度に余白をあけて白いつくりをしているところが落ち着けるのですね。そして似顔絵が効いてます。

似顔絵は使い方を間違えると幼稚な印象を与えてしまいます。しかし親しみを演出するのにぜひ使いたいものでもあります。似顔絵の長所を最大限活かす使い方がされていますね。こんなところも参考にしていただけると良いかと思います。

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March 07, 2005

「フジサンケイグループ、ヤフーと提携へ」

  • 「ライブドアとニッポン放送株の激しい争奪戦を展開しているフジサンケイグループはポータルサイト大手のヤフーと提携すると発表した」などという報道がなされても不思議ではない。

  • 確かにライブドア側からみればニッポン放送の支配権を獲得し、フジサンケイグループの経営を牛耳ることができれば企業価値が高められるだろう。

  • では反対にニッポン放送の側から見たらどうなるだろうか。ライブドアの堀江社長の言うようにネットとの融合が価値あるものだとしても、提携先の選択肢はライブドアに限られるわけではない。短期でより大きなベネフィットを得ようとするならば、たとえば日本で最大のトラヒックを獲得しているヤフーと提携なんて話が出てきても不思議ではない。


ライブドアとフジテレビのニッポン放送株争奪戦をみていると、5年ほど前のAOLとタイムワーナーの合併を思い出します。当時、「新興のネット企業がオールド・メディア企業を買収した。オールド・エコノミーがニュー・エコノミーの軍門に下った」とする論が大勢を占めました。がしかし、私は配信していたメールマガジンで「AOLとタイムワーナーが合併~いよいよ始まった"ババ抜き"」と題して別の見方を紹介しました。すなわち、急激に膨張したために中身の伴わないAOLが、その欠点を補い延命を図るための止まり木を見つけたに過ぎないと指摘したのでした。勝ったのはAOLだとする見方がほとんどのなかで、勝ったのはタイムワーナーだと主張したわけです。実際どうなったかはご案内の通り。AOLの創業者でこの合併の主導者だったSteve Case(スティーブ・ケース)さんは会社を追われ、経営の主導権はタイムワーナー側に戻っています。

彼の失敗は、シナジーを生み出せなかったことにあります。その原因のひとつはブロードバンドの普及が進んでいなかったことがあげられます。映画や放送のコンテンツを豊富に持っていても、それを配信する術がなければどうしようもありません。さらにアメリカではケーブルテレビが普及していて多チャンネル化が進んでいることも見逃せません。使い慣れたテレビでそこそこ自分の好みに合ったコンテンツを視聴できるのですから、新しいメディアに乗り換える人が多くなかったのも当然と言えば当然です。

ライブドアの場合、アメリカほどケーブルテレビが普及していなくて、なおかつ世界トップクラスのブロードバンド環境の整っているマーケットがあるという僥倖に恵まれています。ですからもしかしたら大化けするかもしれません。けれども、私の見るところではその可能性はかなり低いと思います。というのは、堀江さんの話を何度聞いても儲かるビジネスモデルが見えてこないからです。

堀江さんは、「新聞・テレビを殺します」~ライブドアのメディア戦略のなかでネットの特徴として「オンデマンド」「インタラクティブ」「ニッチ」の3つをあげています。この指摘には私も異論はありません。けれどもこれが儲けにつながるかと言うとちょっと疑問です。欲しいときに欲しい情報が得られるオンデマンド性ですけれども、オンデマンド配信を始めたら広告の価値がなくなります。放送枠が限られているから広告に希少価値が出てくるのであって、オンデマンド配信になったら広告価値のデフレーションが進行するでしょう。成果保障型なんてことになるかもしれませんね。成果保障型広告で収益を上げようとするととてつもなく多くのトラヒックを獲得しなければならなくなるでしょう。その点をどう考えているのでしょうね。

それともう一点。編集についての考え方に無理があると思います。「必要な時に必要な情報が得られれば良い」と言います。編集なんてものは押し付けに過ぎず、そんなものはいらないと言うのです。でもその情報は誰が集めるのでしょうか。韓国の「オーマイニュース」を念頭に市民記者のようなものを想定しているようなのですが、「オーマイニュース」の価値を生み出している骨格情報はプロの仕事によってもたらされていることを見落としているか無視していますね。


これらのことを考えると、本当に企業価値を高められるのか甚だ疑問なのであります。

一部では織田信長に擬した論を展開する向きもあるようですけれども、信長とはまるで違うでしょう。やっていることは二番煎じ、三番煎じでちっとも革新的でありませんし、一見改革者のように振舞っているのかとみえますが、実際には立ち回り方が下手で無用のコンフクリクトを起こしているだけです。いきなりボカンと殴っておいて、後になって「仲良くしようよ」と言ったって仲良くしてくれるわけがないじゃないですか。その点、ヤフーの方が洗練されていますね。

ヤフー、ネット広告のバリューコマースを買収へ  ヤフーは28日、成功報酬型のインターネット広告「アフィリエイト・プログラム」を手掛けるバリューコマース(東京・文京、ブライアン・ネルソン社長)を買収すると発表した。公開買い付け方式で既存株主から発行済み株式の約55%を買い集める計画で、買い付け額は計109億円を見込む。ネット競売やネット通販への誘客などに活用する狙い。

 公開買い付けは3月1日から4月11日まで実施する。創業者のティモシー・ロナン・ウィリアムズ会長らバリューコマースの現経営陣が所有する株式4万1971株を一株26万571円で買い付ける。株主の了承はすでに得ているという。未行使の新株引受権と新株予約権が行使された場合、ヤフーの出資比率は45%強に下がるが、筆頭株主にとどまる。
NIKKEI NET (2005年2月28日19:08) より


東京地裁の判断は明日でしょう。どのような結果になるかわかりませんが、あえて予想すると一般論としては「フジテレビを引受手とする新株発行予約権の発行は認められないが、今回のニッポン放送のケースに限っては緊急避難的な措置として認める。ただし、発行量を減らせ」といったところではないでしょうか。

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March 04, 2005

日韓友情年2005年中止を求める署名運動でほくそ笑む奴

  • 日韓友情年2005年中止を求める署名運動で少しは溜飲が下げられるかもしれない。しかし単なる「嫌韓」や「反韓」では問題は解決しない。

  • 日本人が今やるべきことは、英語と韓国語を徹底的に学ぶことである。そして史実を持って韓国人の歴史認識を改めるために働きかけることである。

  • 日韓関係が悪化することでほくそ笑む奴がいることを忘れてはいけない。


『韓流なんていらない』というサイトで「日韓友情年2005年を中止すべき」として署名運動を展開している。このところの韓国政府高官の発言などからすると、このような行動を取りたくもなる。しかし、そんなことで溜飲を下げたところで何のメリットもない。

「さあ殴れ! さあ殴れ!」と自らの頬を突き出して相手に殴らせておいて、「あいつが先に殴ったぞ」と自分が被害者というシチュエーションを拵えてから殴り返すのが韓国人のメンタリティー。韓国政府の高官が「友情年の中止を決議するかも」と言ったからって、こちらから友情年の中止を求めては相手の思う壺にはまるだけだ。

健全な日韓関係を築くために必要なものは、韓国側の歪んだ歴史認識を正してもらうことである。これについては、拙稿「真の友好関係確立のために~日韓関係について思うこと」「竹島の日制定は当然のこと」で詳しく述べたので、宜しければ読んでみてください。

韓国が「自虐史観」で凝り固まったままでいては、とてもじゃないけれども付き合いきれない。自分たちの方こそ歴史を歪曲しているのだということに韓国の人々に気づいてもらうしかない。そのためには私たちがもっと歴史を勉強する必要がある。「妄言だ」としてコミュニケーションを遮断しようとするかもしれないが、諦めないで史実や史料に基づいて冷静に説いていくことだ。親が子供に諭し教えるように諄々と説いて行くことだ。これをやりきるために、私たちが韓国語(朝鮮語)を学んで韓国の人々に直接働きかけていく必要がある。

そしてもうひとつ大切なのは、一部のネチズンが英語で韓国流「自虐史観」を振りまいているのだけれども、この流れを止めることだ。さらに世界中の地図サイトに「日本の言う竹島は獨島という大韓民国固有の領土」と言って書き換えさせてもいる。だから英語にも磨きを掛けよう。そして世界中の人たちに本当のことを伝えよう。


ちなみに竹島問題について勉強するなら田中邦貴さんの竹島問題やcapricon1さんの日本と韓国の歴史問題を検証するが役に立つだろう。あるいは「領土問題の現状と課題」と題した拓殖大学教授・下條 正男さんの講演録に目を通しておくと良いでしょう。

[関連ファイル]

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March 03, 2005

竹島の日制定は当然のこと

  • 島根県議会が制定しようとしている「竹島の日」について、外務省首脳が「何の意味もないことを県民感情だけで決めるのは、いかがなものかと思う」と批判していると報道された。

  • しかし竹島は明らかにわが国固有の領土であり、それを回復するための努力をおざなりにしてきたことが今日のコンフクリクトを招いた根本原因だ。批判されるべきは外務省の怠慢である。

  • 高野駐韓大使の発言は当り前のことを言ったまでだし、「竹島の日」制定は当然のこと。もはや日本にとっても竹島は政治問題だ。


報道によれば「竹島が日本に近づいてくるなら意味のある行動として位置づけられるかもしれないが、実効的には何の意味もないことを県民感情だけで決めるのは、率直に言っていかがなものかと思う」と外務省首脳が批判したそうですが、そのようなあやふやな姿勢で問題解決を先送りし続けてきたことが、この問題の根本原因なのではないでしょうか。

竹島は明らかにわが国固有の領土でしょ。そうでないと言うのならきちんと放棄宣言をすべきです。
しかしながら歴史的な経緯をきちんと調べていくと竹島は日本領であることは明らかであります。
元和4年(1618年)米子の大谷甚吉、村川市兵衛という人たちが幕府から許可を得て鬱陵島(当時は竹島と呼んでいた)へ渡り、アワビ、アシカ等の漁猟、木竹の伐採などを行っていました。この鬱陵島へ渡る途中の寄港地として、また漁猟地として竹島(当時は松島と呼んでいた)を利用していました。元禄9年(1696年)幕府は鬱陵島への渡航を禁止しますが、竹島への渡航は禁じていませんでした。ですからその後もアワビやアシカなどの漁猟のために日本人は竹島へ渡っていたのです。

他方、韓国領であるとする根拠はありません。韓国側の主張は「于山島こそ獨島」というものですけれども、これは誤りであることは数々の文献から明らかです。

確かに「三国史記」「三国遺事」「太宗実録」「高麗史地理志」「世宗実録」といった文献に于山島に関する記述があります。しかしその内容を吟味するとこれは竹島のことでなく鬱陵島についての記述と解するのが妥当であります。たとえば、「金麟雨は島民3名を率いて于山島から本土に還ったときに、大竹、芋、アシカ等を持ち帰っている。また于山島にはおよそ15戸、男女併せて86人が住んでると報告した」と太宗実録は記載していますが、日比谷公園ほどしかない、しかも岩ばかりの島なのに何で農作物を作りながら86人もの人々が暮らせるのでしょうか。

さらに、「海左全図」(1822年)、「大東輿地図」(1861年)といった李朝時代の朝鮮で作られた地図に竹島に該当する島の記載はありません。このことは当時の朝鮮の人々に竹島の存在が知られていなかったことの証です。

韓国側が根拠としてよくあげてくるものに林子平の「三国通覧図説」があります。その付属地図である「三国輿地路程全図」に「竹嶋 朝鮮ノ持之」とあり、朝鮮半島と同じ色に彩色されていることから竹島=獨島だから獨島は自国領だというのです。しかし「三国通覧図説」が書かれた当時、竹島と呼ばれていたのは今日の鬱陵島のことです。つまりまったく根拠にならないのに韓国では度々「日本人の地理学者も獨島をわが国の領土と認めていた資料を発見した」と報道されています。つい先日も中央日報の日本語電子版をみていましたら、そんな記事が載っていました。さも新事実のように報道していましたけど、竹島の歴史を勉強している人なら誰もが知っている話です。この地図から言えるのは、日本人が鬱陵島を朝鮮領として認識していたということだけです。

大韓帝国時代に教科書として用いられたこともある「大韓地誌」(1899年)の付属地図である「大韓全図」には、鬱陵島の東に付属する観音島(Kwanundo)、竹島(Chukdo)という小島の位置に「于山」と記述されています。韓国が今日獨島と呼んでいる竹島とはまったく違った位置に、獨島であると主張している于山島の記述があるのです。そして自国領であると主張している獨島はまったく記載されていません。これらのことからわが国で竹島と呼んでいる島のことなどまったく知らなかったと解するのが妥当です。

さらにGHQの文書に関しても韓国側は獨島は自国領との主張の根拠にしていますが、これは軍政を行う施政権を決めたものであり、領有権を変更したものではありません。ちょうど尖閣諸島を含む南西諸島や、小笠原諸島が一時GHQの施政権下に置かれましたがそれと同じことです。このことはGHQおよびアメリカ政府も承知しており、竹島は日本領との認識を持っています。当初、韓国領と誤認していたGHQにきちんと説明して正しい認識を持ってもらうよう奔走したのは当時の外務省の人たちです。彼の外務省高官は先輩たちの苦労を無駄にするつもりなのでしょうか。

[2005年4月17日追記]
ちなみに、現時点において竹島は国際法的には日本の領土です。なぜならば、この島の地位は1952年に発効した「日本国に対する平和条約」(いわゆる「サンフランシスコ平和条約」)によって規定されているからです。

すなわち、その第2条(a)項において
日本国は、朝鮮の独立を承認して、済洲島、巨文島及び欝陵島を含む朝鮮に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄する
と規定されていて、日本が韓国に返すべき地域に竹島は含まれていません。

韓国政府もまたこの条約を根拠として領有を主張していますが、条文取りまとめの経緯からみると、その主張は正当でないと考えられます。

したがって、「韓国が実効支配している」というのは過ちで「韓国が不法占拠している」というべきです。
(追記終了)


今まで竹島問題は日本では経済問題とされ軽視されてきました。一方韓国では日本による侵略の始まりと位置づけ、領有問題は政治問題として大変重要視されてきました。このような姿勢の違いがこの問題を複雑にしてしまっています。

もはや日本にとっても竹島は政治問題です。妙な妥協はすべきではないと私は思いますが、皆さんはどう思われますか?

なお、田中邦貴さんの竹島問題にはここで紹介した史料の画像データが集められています。このサイトには韓国語版も用意されていますので、竹島は日本領であることを納得しない韓国・朝鮮人の友人知人に教えてあげてください。

※このような実証的研究に基づく韓国側の主張を裏付けるサイトを探しているのですが、未だ見つけられずにいます。それを志向していると思われるサイトはあるのですがすぐに破綻してしまうのです。言っている事の辻褄が合わなくなってしまう。私が探しているようなサイトをご存知でしたらぜひご教示いただけませんでしょうか。ご一報いただければば幸いです。

[関連ファイル]

Dokdo is not Korean territory. The island is the Japanese territory where it is called Takeshima. It is decide by Treaty of San Francisco.
Article by Korean about Takeshima(Dokdo)

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March 02, 2005

真の友好関係確立のために~日韓関係について思うこと

韓国の盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領は、昨年の光復節の演説で「今も親日の残滓(ざんし)が清算されず、歴史の真実さえ明らかにできていない。歪曲(わいきょく)された歴史を正さなければならない」と述べた。さらに昨年暮の指宿での日韓首脳会談の記者会見において「随分永い時間が経っているのに未だに歴史の問題が解決していない」という趣旨の発言をしている。そして昨日の三一節(三・一独立運動記念日)の演説で「過去の真実を究明し、真に謝罪、反省し、賠償すべきことは賠償して和解するべきだ。それが世界の歴史清算の普遍的方式だ」と述べている。いずれの発言も、問題の根本は日本にあるとしているようなのだが、それは正しい認識なのだろうか?

日韓関係・日中関係はとても大切だと私は思います。単に二国間の関係が良くなるだけでなく、三国の関係が良くなり連携して地球規模で発生している様々な困難を解決していく必要があると考えるからです。

そこで日韓関係ですけれども、この両国の間にある問題が解決されないままでいるのは双方が責任を果たしていないからだと思います。通常、この問題を議論するときには「日本側にのみ問題あり」という前提で進められることが多いのですが、実は韓国側の歴史認識を改めないことには未来志向の善隣友好関係の構築なんてできない話なのです。(もちろん日本が改めなければならないこともあるのだけれども、それは当然のこととしての話ですので念のため)

まずは、朝鮮半島の近代化を自力ではなし得なかったという事実を認めることです。韓国では「日本に侵略されたために自らの力で近代化する機会を奪われたのだ」と主張し、公教育の場においてもそのように教えているようです。「悪いのはすべて日本」というのですね。(この点については、入門韓国の歴史―国定韓国中学校国史教科書などを参照してください)

しかし、史実は違っています。明治政府は朝鮮を侵略して植民地にしようなどとは考えていませんでした。開国間もない日本は自国のことで精一杯。欧米の進んだ科学技術や社会制度を導入して国を富ませ力をつけておかないと列強の植民地にされてしまうという危機感から国づくりに邁進していました。

そして隣国の朝鮮にもその考えを伝えました。なぜそんなことをしたかといえば、当時の朝鮮は1392年に李成桂によって建国された李朝の時代ですけれども、かつての日本同様、鎖国をしていたからです。そのために時代の流れから取り残され、技術的にも経済的にも欧米に比して劣った状態にあったのです。朝鮮が欧米列強の植民地になるようなことがあると日本はとても困ります。朝鮮にも鎖国を解いてもらい、日本と同様に欧米の進んだ科学技術や社会制度を導入して国を富ませ力をつけておくという政策を進めて欲しかったのです。できたらそれは朝鮮人自身の力によって行って欲しいと考えていました。

ところが朝鮮はそれを拒否します。正確に言うならば、実は朝鮮にも欧米の進んだ科学技術や社会制度を導入して国を富ませ力をつけることで欧米列強の植民地にさせられるのを避けようと考えた人々がいます。彼らは開化派と呼ばれており、代表的な人物としては金玉均(キム・オクキュン)などがいます。

1882年、金玉均は朝鮮王の高宗によって東京へ派遣されます。訪れた日本の繁栄した姿を見て彼は悟るのですね。「このままではいけない」と。日本のように近代化しないと欧米列強のいいようにされてしまうと気づいた彼は、日本滞在中、福沢諭吉や渋沢栄一などと交流し、帰国後、王に朝鮮の近代化を献策します。高宗はそれを受け入れて朝鮮の近代化に着手するのですが、学問と言えば朱子学しか知らない官僚や貴族に反対されて潰されてしまうのです。

「貴族」というと意外に思われるかもしれませんが、李朝は日本で言えば平安時代の藤原氏による摂関政治のような体制でした。王は始祖である李成桂の男系の子孫によって世襲されていましたが、政治の実権は后の一族によって握られていたのです。これを「勢道政治」と言います。さらに李朝は王統の対抗勢力を徹底して排除していました。土地はすべて王のものだし、地方へ赴任した貴族も2~3年で異動させて力を蓄えることのないようにしていました。日本では源氏にしろ平家にしろ、天皇や皇族の子孫が土着化して力を蓄えることで武士階級が成立していますが、朝鮮では武士が生まれないようになっていたのです。そもそも軍事力は明や清といった宗主国に依っていたのですから不要でもあったのですが。

さらに人が群れることを認めていませんでした。その結果、宗門一族で結束することになります。そして一族の出世頭は一族の他のメンバーの面倒を見るのが当然とされていました。面倒見てやらないと密告されて足許をすくわれかねないのですから、面倒を見ることになるのですが、それは腐敗にも繋がりますね。国の繁栄よりも個人や一族の繁栄が優先されてしまうのですから。今日でも政権末期になると大統領の一族の不正が発覚し、司法の裁きを受けるなんてことが繰り返されています。民主的な大統領とされた金大中大統領の一族でさえ司直の手を煩わせているのですから根は深いです。その源流は李朝時代に形成された文化によるところが大きいのです。

それはともかく、朝鮮の近代化に失敗した金玉均は日本に亡命します。しかし日本は彼を見殺しにします。事実上、軟禁状態におかれ、金銭的にも相当困ったようです。早稲田大学の図書館には大隈重信に宛てて窮状を訴える手紙が残されていることからも、それは窺えます。結局、彼は日本で10年ほど過ごした後、周囲が止めるにもかかわらず祖国の近代化をすすめる糸口を掴もうとして上海に渡るのですが、すっかり守旧派に取り込まれていた高宗の后の閔氏一族が放った刺客に殺されてしまいます。(1894年3月28日)

その間、朝鮮の宮廷は日本に近づいたかと思えば清に近づき、日清戦争で日本が勝利したものの三国干渉で遼東半島を放棄すると今度はロシアを頼りにするといった具合で、自立した国家運営をなしえませんでした。自主独立の朝鮮民族国家を建てる機会はいくらもあったのに、それを逃がしてしまいます。日清戦争に日本が勝利することで朝鮮は大韓帝国として清から独立するのですが、それすら日本の傀儡政権と主張し、日本による侵略の証としています。そのくせ竹島(韓国名は獨島)領有の根拠として大韓帝国の発した勅令を持ち出してくるのだからわけがわからない。ちなみにこの勅令は鬱陵島の領有を宣言していますが、竹島の領有を主張できるものでありません。第一、地図が作成されていない。正確な位置を知らないで領土の主張ができるものでしょうか。

韓国の歴史教科書を見れば明らかなように、朝鮮半島の近代化を自力ではなし得なかったという事実を認めないために、古代にまで遡って歴史の捏造をしなければならなくなるのです。いかに日本は酷いことをしているのかということをフレームアップしておかないともたない歴史なんておかしいでしょ。そのおかしさに気づいてもらえないことには、共通の歴史認識なんていうものは生まれるわけがないですし、韓国の人が納得できる謝罪を日本がすることもないはずです。

ここまで韓国側の問題に触れてきましたが、日本側に問題がないわけじゃありません。徴用した労働者の死を家族に知らせていなかったり(日本の常識としても問題だけれども、日本以上に家族の情愛が細やかで密な朝鮮の文化からするとこれは最悪!)、未払い賃金があったのに敗戦を理由に支払っていなかったりという問題がありますし、やってもいないことをやったなどと口にしています。今日、日本統治時代の問題点として韓国側が取り上げている話を辿っていくと日本に発信元がある場合が多々あるのです。

こういうことを言うと「あいつはウヨだ」だなんてレッテル貼りをされることでしょう。しかし私は右にしろ左にしろ、はじめに思想ありきではありません。事実をひとつひとつ自分自身で咀嚼して判断するのみです。日韓関係に興味を持ち始めたのは、参議院のウェブサイトで日韓交渉の日本政府代表を務めていた久保田貫一郎・外務省参与が巷間「久保田妄言」と称されている発言について説明している議事録を目にしたのがきっかけです。その昭和28年10月27日の参議院水産委員会の議事録によれば、氏の発言を「妄言」と決め付けるのはいささか問題があるのではないかと思いました。韓国側の動きがあってでてきた発言なのですから、それを知った上で判断しないとフェアーとは言えないと感じたのです。
なおこの議事録は国会会議録検索システムを使うと簡単に見つけられます。

ここで縷々述べてきたことをより詳しく知りたい方のために参考図書を紹介しておきます。
「日帝」だけでは歴史は語れない(三交社)および韓国併合への道(文芸春秋)
著者の呉善花(オ・ソンファ)さんはひとつの違和感を持っていたといいます。学校で習う日本の姿と両親から聞かされていた話とのギャップにです。それでも学校で習ったことの方が正しいのだろうと信じていたそうです。それが氷解するのは米国留学の足がかりとして日本に留学してからのこと。出会った日本人が日韓併合に到るまでの歴史を世界史の中に位置づけて冷静に見ているのを知り、歴史を歪曲しているのは韓国の側であると知ったと言います。そして書かれたのがこの本です。

同じ著者の生活者の日本統治時代―なぜ「よき関係」のあったことを語らないのかもおすすめ。ただこの本については「登場しているのは日本統治時代にうまい汁を吸った連中じゃないか」という批判があります。そういった声には次の2冊で反駁したいと思います。

私が朝鮮半島でしたこと1928年‐1946年(草思社)
これは戦前の朝鮮半島で土木工事に携わった人の体験記です。作業員として工事に関わった人たち(つまり庶民ですね)との交流にも触れられています。それを読むと「一方的に虐げられた」とする韓国の「自虐史観」がつくりものなのできないかとの疑いを強くします。

もう1冊はイザベラ・バードというイギリス婦人の旅行記です。
朝鮮紀行―英国婦人の見た李朝末期(講談社)
彼女は1894年から1897年にかけて4度朝鮮半島を旅をしますが、それを記録したものです。当時のヨーロッパ人としては仕方のない部分もあるのですが、多少東洋的なものに対して偏見があります。日本も旅行しているのですが農村地帯についてはボロクソ言っています。どうも田舎が嫌いだったみたい。ですからそこのところは割り引いて見なければならないのですが、全体としては見たままを描写していると言ってよいでしょう。それによれば李朝末期の状況がどのようなものであったかがわかります。今日、日本統治時代の庶民の暮らしが悲惨なものであったとされ、それはすべて日本の侵略によってもたらされたのだとされているのですけれども、その主張には誇張や曲解が含まれていることがこの本から窺えます。

さらにもう1冊加えさせてください。
韓国人の情緒構造(新潮社)
この本は韓国を代表する日刊紙のひとつである『朝鮮日報』の取締役や論説顧問を務めた李圭泰(イ・ギュテ)さんのコラムをまとめたもので、韓国人のものの見方考え方を紹介しています。そのなかには日本人にも共通するものもあれば、思いもしない相違点もあります。なまじ似ているものがあるものだから互いの違いを認めずに相手を貶していたり、腐していることがありはしないでしょうか。それを反省させられる良い本でした。

[関連ファイル]

Dokdo is not Korean territory. The island is the Japanese territory where it is called Takeshima. It is decide by Treaty of San Francisco.
Article by Korean about Takeshima(Dokdo)

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公開されたメールについて思うこと

  • 社員が意図するとしないとに関わらず自己保身しか考えられないような会社に明日はない。

  • 相手の質問の真意を汲み取ろうと互いに努力するのがコミュニケーションの基本。それを遮断してしまっては問題解決には程遠い。

  • 新しい試みに失敗は付き物。問題はそれからいかに学べるかにかかっている。きちんと学べればそれは「良い失敗」であるが、何も学べないのならそれは「悪い失敗」だ。

『悪徳不動産屋の独り言』のpoohpapaさんがniftyとのメールやり取りを公開でニフティからのメールの公開に踏み切りました。ここまで来る前に丸く収まればと思っていたので、大変残念に思います。

コンテスト審査過程での審査員のコメントは、三者三様の口調で書かれている事から、まとめる意味で口調を揃える編集をしました。送付いたしました内容に、作文と言われるような修正はないものの、コメントはあくまで審査過程の一部情報である事と、個々の審査員が全容公開を目的に記されたものではありませんので、個々の詳細内容に関する公表はできません。改めてご理解をお願いいたします。

『悪徳不動産屋の独り言』niftyとのメールやり取りを公開 より

ポイントはここです。これじゃあ3人の審査員の仕事が杜撰だったと言っているようなものでしょ。私が審査員の立場だったら猛烈抗議していますね。ギャラを突き返して名誉毀損で訴えていますわ。

おまけにこれじゃあpoohpapaさんがなぜ公開質問状を出したのか、その真意を汲み取っているとは思えません。


失敗学のすすめで知られている東京大学名誉教授で工学院大学教授の畑村洋太郎さんは、失敗には2種類あると言っています。すなわち「良い失敗」と「悪い失敗」。何かに挑戦すれば必ず失敗する。もちろん失敗しないように細心の注意を払って準備を進めるのですが、それでも新しいことに挑戦すればやってみないとわからないことが一杯あるわけで、必ず失敗するのです。アクシデントまでは行かないまでもその兆候であるインシデントは必ず発生しているはずで、それらをすべて洗い出し、ひとつひとつ潰していくというのがエンジニアリングの常識です。

「ココログブックス・コンテスト」という企画は今回初めて行われたわけで、不具合があって当然なのです。ただ問題はトラブルが発生した後の対応です。どれだけリカバリーができるかがポイントなのですが、一連の経緯をみているとほとんどカバーできていません。それどころか火に油を注いでいませんか?

ニフティ社内にpoohpapaさんの質問の真意を汲み取れる人はいないのでしょうか?
いや、そんなことはないはずです。部署や担当が違うからと言って無視を決め込まないで、うまくやれないでいる担当者の尻を叩いてくださいな。「こうやったら良いんじゃないの?」ってアドバイスぐらいしても良いんじゃないの?

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