ステレオタイプの「韓流自虐史観」から抜け出せるのは何時?
またまた朝鮮半島ネタですみません。
今月16日、島根県議会が「竹島の日制定条例」を可決成立させました。これを受けて韓国内では日本に対する反発が高まっています。
「日本の領有権主張には過去の植民地侵略を正当化しようとする意図が隠されている重大問題」と韓国政府は位置づけているようですが、これ自体ステレオタイプな見方ですね。「未来志向で」なんて言っていたのがすっかり元に戻ってしまいました。そしてこういう見方しか受け付けないのですからどうしようもありません。少しでも自分たちの見方と違ったものに対しては「妄言」と決め付けます。そして反論する機会すら与えず社会的に抹殺するのですから言論の自由などないも同じです。
以前にも紹介しましたように、竹島は歴史的にも国際法的にも日本領土であることに間違いありません。
竹島の領有権が日本にあることは、「日本国との平和条約」(対日講和条約あるいはサンフランシスコ条約とも呼ばれる)によって規定されています、すなわち、その第2条(a)で日本が朝鮮に返還する地域は「済洲島、巨文島及び欝陵島を含む朝鮮」と明示され、竹島は含まれていません。つまり、国際的には竹島は日本領と認められているわけです。
李承晩ラインが設定されたのはこの条約の発効直前でした。韓国はそれまで対馬を自国領とすべく画策していたのですが、それに失敗すると急に彼らが獨島と呼ぶ竹島にこだわるようになりました。そして一方的に領有権を主張し、日本国との平和条約が発効する直前に実力行使に出ます。日本の艦船に銃撃を加えるなど武力をもって占拠し、今日に至っています。すなわち、国際法的には現在の竹島の状態は韓国による不法占拠なのです。
歴史的にというのは、1618年の大谷・村川両家に対する鬱陵島(当時の呼称では竹島あるいは磯竹島)への渡航許可以来、80年近く中継地として使われたり、またアシカ漁などが行われてきた実績がありますし、いわゆる「竹島一件」においても今日竹島と呼ばれている当時は松島と呼ばれていた小島の領有権を日本は放棄していません。鬱陵島への渡航が禁じられてからも日本の漁師によって開発されてきたのです。明治時代になってもそれは変わらず、アシカ漁などのために多くの日本人が渡っていました。
1905(明治38)年1月28日、日本政府は江戸時代には松島と呼ばれ、この時期には「リャンコ島」とも呼ばれていた島に竹島という名をつけ、日本領に「編入」することとしましたが、これは歴史的には日本領であるけれども国際法の上でも日本の領土であることを明らかにするために取られた措置です。「編入」などという表現をしているので誤解されることもあるのですが、この措置は竹島が日本の領土であることを再確認したに過ぎません。当時の日本はアジアに進出してきた西洋列強と比べたら弱小国であり、彼らに横槍入れさせないために必死でした。ですから、竹島が日本に帰属することを彼らの法理に基づいて明確にし、認めさせる必要があったのです。手続き上、無主地の法理を用いていますけれども、実際には日本領であることの再確認なのです。
一方、韓国側は「武力を背景に強奪された」とし、その後の韓国併合へいたる「日帝による侵略の象徴」と位置づけています。
韓国政府は「歴史的な資料拡充と国際法的論理の確保など、総合的な対策作りに乗り出す」というのですが、客観的に歴史的な資料を集めていけば「竹島は日本の領土」を認めなければならなくなるはずです。韓国側の主張を裏付けるような史料を見つけようとするなら歴史を捏造するしか手はないでしょう。なぜならば、1905年以前に韓国(朝鮮)が竹島を実効支配した証拠がないからです。支配していなかったのに強奪されるなんてことがありえるのでしょうか。
韓国側の主張は、安龍福の嘘と郡守・沈興澤の誤解によって辛うじて命脈を保っているに過ぎません。安龍福の「証言」が嘘だというのは『粛宗実録』と日本側の記録とを付き合わせればわかることです。また沈興澤による江原道庁への報告が事実誤認に基づくものであることは明白です。ところが、この事実誤認に江原道の役人も中央政庁の役人も気づかず、それどころか内部大臣の李址鎔までもが「独島が日本の属地という理は無い」と語っています。李址鎔は独島なる島がどこにあるか知らなかったはずですし、そもそもそれが実在するものなのか否かも疑うことがありませんでした。ちなみに「獨島」という言葉は、この沈興澤の江原道庁への報告文において初めて用いられています。
しかし、たとえ誤った認識であろうと広く国民の間に流布していることで大きなパワーを得ます。一方、日本においては教育現場ではまったく教えられていないと言って良いですし、天気予報にもまた国土地理院発行の地図にも登場しなくなっています。韓国との友好関係を慮って取られてきた措置がすべて裏目に出てきているわけです。最近の日本での報道をみても「急に取り上げられた問題」という認識のものが多いようですが、問題は60年近くくすぶり続けていたのです。ただ真正面から取り上げられてこなかっただけのことなのです。そのような状況に痺れを切らしたのが今回の島根県の「竹島の日」制定というわけです。
この問題の解決に日本政府が本腰を入れて取り組むかというと疑問です。たとえば、世界的な地図サイトであるMultimap.comでは竹島を韓国領としています。元々は日本領と記載されていたのですが、昨年7月、鬱陵島が日本領と記載されていたのを修正させる際、「獨島はわが領土」と言ってこれまでも書き換えさせてしまったのです。韓国政府の対応は早かったですね。韓国のマスコミが騒いでから「修正」させるまで1週間かかっていないんじゃないかしらん。それに引き換え日本政府の対応は遅すぎます。私は韓国が書き換えさせた直後にこのことに気づいて官邸サイトの窓口からメールで知らせたのに半年以上過ぎてまだ対応していません。ここで対応しないなら放棄したものと取られてしまいかねないのに動こうとしないのは怠慢以外の何ものでもないでしょう。
日本政府が竹島問題に真正面から取り組まず、問題が存在しないかのような姿勢を取り続けることは真の日韓友好を阻害するものだと思います。言うべきことは言わないと韓国側の「自分たちは小国である、一方的に虐げられた存在なのだ」という「韓流自虐史観」を払拭させることはできないと考えるからです。
日本は戦後60年、武力をもって他国に攻め入ったことはありません。しかし韓国は国際法上日本の領土とされている竹島を武力をもって占拠しています。そして国際司法裁判所による裁定という平和的手段でもって問題解決を図ろうという日本の提案を拒否し続けています。彼らは韓国併合を日本の帝国主義的支配として「日帝」と表現していますけれども、それをもじって言うなら今日韓国のしていることは「韓帝」といわざるを得ません。しかしこんなことを彼の地で言ったならば「妄言」とか「日帝の植民地支配を正当化しようとしている」などの感情的な反応を示され吊るし上げを食うことでしょう。そのような反応を示す背景にあるのは韓流自虐史観です。それは自己を過小評価するとともに、日本の支配が当時の他の国々のそれよりも一層ひどかったとしています。しかし実のところは他の国々の支配と比べて著しく苛斂誅求を極めたというわけではありません。では日本の自由主義史観論者の言うように「朝鮮から搾取するどころか資金を投入していたのであって、西洋列強の植民地政策とは一線を画すものであった」のかというとそれも違うようなのです。この時期は世界的な不況期にあたり、どの植民地も本国政府の支援なしには立ち行かなかったようですから。
歴史には罪もあれば功もあります。光もあれば陰もあります。複雑な形をした立体であるのに、一面的な見方をして平面でしかとらえず、「真実の究明」と言いながら実際には「糾明」をしようとしているところに未来を創造していく力があるとは思えません。他の問題では理性的な分析記事を掲載するようになった韓国のマスコミが、こと歴史の問題となると極端な民族主義者になって国内世論を扇動しているのはどうしたことでしょう。公正中立であるはずの学会までもが極端な民族主義者に乗っ取られ、彼らの主張に沿ったものしか発表できなくなってしまっている現状をみるにつけ大いに違和感を感じます。民族の誇りを大切にすることは必要ですし、ないがしろにしてはならないものだと思います。がしかし、それが行き過ぎるとかつて日本が犯した過ちに繋がるのですが……。そのことに韓国の人々は気がついているのでしょうか?
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●Dokdo is not Korean territory. The island is the Japanese territory where it is called Takeshima. It is decide by Treaty of San Francisco.
⇒Article by Korean about Takeshima(Dokdo)
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