言論の自由のありがたみを実感
上海からマスコミとは異なる視点で情報発信していたブログ「うねり(unery.com)」が閉鎖された。今アクセスすると中国語のエラーメッセージが返ってくるだけだ。その事情を運営者のwowowさんが中国当局によって封鎖されましたでレポートしている。
そういえば在北京日本大使館のウェブサイトにある経済協力関係の記事も22日午前1時の段階で読めなくなっている。今月9日に読めなくなっていることに気づいて以来毎日チェックしているのだが、日本語版は読めるのに中国語版だけが読めなくなっているところをみると妨害されている可能性がある。
言論の自由をはじめとする基本的人権の認められていない国に、日本の国連安全保障委員会常任理事国入りを反対する資格はない。
中国は事あるごとに日本の歴史認識を問題にする。しかし、自身はどうなのだ。1950年のチベット動乱はどうなんだ。動乱だなんて言い方をしているが、武力侵攻を進め、1951年には「中央人民政府と西藏地方政府の西藏平和解放に関する協議」(いわゆる「十七か条協定」)の締結を強要して版図に組み込んだ。これは侵略戦争以外の何ものでもないだろう。元時代の冊封関係を根拠としてあげて侵略でないとしているけれども、そのような主張が認められるなら日本にとっても韓国にとっても脅威だ。なぜならば琉球王朝は明と冊封関係があったし、韓国の場合はもっと深刻で国をまるまる取られても文句が言えないことになるのだから。韓国の歴史教科書には、李氏朝鮮に到るまでの韓半島にあった歴代政権が中国の各王朝に服属していた事実は秘されているので騒ぎになっていないけれども、この問題が認識されたなら大騒ぎになるに違いない。
他にもまだある。新疆ウイグル自治区にしろ、内モンゴル自治区にしろ強引に版図に加えているではないか。そして現在も独立運動に対して弾圧を続けていることを国際社会は見逃してはいない。
日本はこれまで度々謝罪の意を表してきたし、「日中共同宣言」で中国政府が賠償請求権を放棄しているにもかかわらず経済援助という形で実質的に賠償してきた。その額は3兆円を超える。それだけではない。1989年6月4日の天安門事件後、欧米諸国が経済制裁に踏み切る中、中国経済を支え、制裁解除に奔走したのは日本だ。その他にも様々なかたちで支援してきたし、友好を深める取り組みをしてきた。
これらのことを自国民に知らせず、それどころか「日本は歴史を反省することもなく謝罪も賠償もしていない」などとミスリードしているようでは世界のリーダー足り得ない。
論語にこんな一節がある。
怨 不 伯 子
是 念 夷 曰
用 舊 叔
希 惡 齊
【読み下し文】
子の曰く、伯夷(はくい)・叔齊(しゅくせい)、旧悪をおもわず。
怨みここをもってまれなり。【注釈】
先生が言われた。「伯夷と叔齊とは[清廉で悪事を憎んだ人だが]古い悪事をいつまでも心にとめなかった。だから怨まれることも少なかった」『論語』 金谷治訳注,岩波文庫
今日の基準で見るなら日中戦争は侵略戦争であることに相違ない。ただし、侵略戦争という概念は第一次世界大戦後生まれたものであって、アイデアとしてはいくつかの条約で触れられていたものの国際法上の定義が確立したのは1974年12月14日の国連総会決議3314によってである。しかしそれにもかかわらず日本は侵略戦争の定義が法的に固まる半世紀ほど前の戦争であっても侵略であったと認め、お詫びの言葉を述べている。よく戦後処理の優等生として引き合いに出されるドイツだってここまで踏み込んだ対応はしていない。(ドイツはナチス・ドイツの戦争犯罪は認め、謝罪と賠償を行っているが、戦争自体の責任は認めていないし、謝罪もしていない。)
日本人である私が近隣諸国に対して伯夷と叔齊の故事を紹介するのは不謹慎でも横暴でもないだろう。
ところで今、言論の自由を失わせるような企みが進められている。その流れをくい止めないととんでもないことになることを声を大にして言いたい。ひとつは憲法改正、もうひとつは人権擁護法制定。
憲法改正の問題は第9条の改正に人々の注意が集まっている。もちろんそれは大きな問題なのだけれども、もうひとつ自由を制限しようとする企みが推し進められていることに注目して欲しい。私権の膨張というか暴走により公が蚕食されていることを問題視し、それに対抗するための方策を盛り込もうとしているのだ。一見至極もっともな主張のようにも見える。がしかし、そこには論理のすり替えが行われている。「公」の重視を打ち出しているように見えて、実は全体主義的な統治を進めやすくする地ならしが行われている。私権の膨張というか暴走により公が蚕食されているとみる問題認識は私も共有しているが、個を否定するような対応策には賛成できない。そのような策を取るならば日本から自由は死滅するだろうし、全体主義の復活を近隣諸国は心配しているし決して認めないだろう。
そしてもうひとつは人権擁護法だ。人権擁護といいながら、このまま成立させたら悪名高い治安維持法以上に人々の行動を縛る法律を制定することになる。人権擁護法が最も人権を侵害するという笑えない状況を招来することになるのだ。一旦廃案にして練り直した方が良い。
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Comments
はじめまして!ちょっと前の記事ですが、トラックバックさせていただきました!
Posted by: 長田幸康 | June 02, 2005 at 04:18 AM
長田さん、おもしろいサイトを紹介していただきありがとうございました。
本当に中国のやることは荒っぽいですね。民主主義の基本は言論の自由です。それを認めない国が日本をあれこれ批判していますが、そこに道理がないのは明らかです。
日本が国連安保理の常任理事国になったら<戦争責任>というネタで強請ることができなくなってしまう。だからどんな手を使ってもそれを阻止するぞと様々なカードを切ってきているのですけれども、義がないからすぐに綻びが出てしまうではないですか。そのことの意味をきちんと把握しておきたいですね。
今、日本は分かれ目にいると思います。戦争責任論の呪縛から抜け出せないで中国の属国になるか、それともきっぱり決着をつけて独立を維持し続けられるかの。
この問題を考えるためにももっとチベットのことを知っておくべきだと思います。
Posted by: 平 誠 | June 03, 2005 at 10:52 AM