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June 20, 2005

広がる日韓の溝~信頼失う日本のマスコミ

  • 日韓の溝はそう簡単には埋まりはしないだろう。また焦ってジタバタするときでもない。

  • 調査方法は違うものの世論調査には変化の兆しも読み取れる。それは今まで以上に厳しい関係になることを示唆している。

  • 日韓関係の報道を通じて日本のマスコミが市民の信頼を失いつつある姿が浮かび上がってきた。かつては読者をリードしていたかもしれないが、今や読者に追い越されつつあるのだ。

今日、小泉首相はソウルで日韓首脳会談に臨みます。歴史認識問題などが中心議題になるようですが、あまり大きな進展は望めないだろうと思います。というか、今は動くときではないでしょう。安易な約束して身動きできなくなって困るのは日本の方ですので。


讀賣新聞と朝鮮日報が共同で行った世論調査で日韓関係について、「良い」と見る人は前回2002年と比べて13ポイント増の60%となったと言います。一方韓国はといえば11%、前回よりも21%も減っています。そして相手国への信頼度でも日本側は「信頼できる」が4ポイント増の59%だったのに対し、韓国側は前回の24%から9%へ急落していて、「信頼できない」が15ポイント増の90%に達するという結果がでています。

日韓間にはいろいろ問題があるのに日本ではそれが認識されていないとしか思えない内容です。

ところがこの世論調査とは正反対の結果を見つけました。NHKがBS1で放送している「BSディベートアワー」の予備調査として行われたアンケート調査です。


Q1 日本と韓国 相手の国に対して、親しみを感じますか?感じませんか?

Q2 日韓の歴史認識の溝にどう向き合うべきだと思いますか?

Q3 日本と韓国が今後より良い関係を築くためには何が必要だと思いますか?

http://www.nhk.or.jp/bsdebate/index.html


もちろんサンプリングの方法が違いますのでこのまま比較対照することはできませんし、ここまで一方に偏った結果というのも怖いものがあります。組織だった投票があったのかと疑っても見ました。しかし、9割以上の人が韓国には親しみを感じないと答え、「断交すべきである」という意見が複数みられるようになっている事実は真摯に受け止めるべきだと思います。しかも自由意見の欄をみると一時の感情で「親しみを感じない」としているのではないのです。きちんと情報を取っていて、それに基づいて判断しているようすがうかがえるのです。「知れば知るほど嫌になりました」という意見が多いのもひとつの特徴かと思います。

ところが制作者の方のアンテナは錆付いてしまっているようです。

日本では韓流ブームに象徴されるように韓国の大衆文化に高い関心が寄せられています。韓国でも1998年の金大中政権から段階的に行なわれてきた日本文化の開放が最終段階に入り、両国の人々はかつてないほど親近感を抱いています。その一方で今年の3月、島根県議会が「竹島の日」を制定したことで、韓国では反日感情が高まり、日本の植民地支配に対する謝罪や歴史教科書をめぐる問題が再浮上しています。

『BSディベートアワー』テーマの詳しい説明より。下線は筆者が付す


「島根県議会が『竹島の日』を制定したことで、韓国では反日感情が高まり」って何を寝ぼけたことを言っているのでしょうか。事実誤認も甚だしい。この程度の認識しか持ち合わせずに報道に携わっているのだとしたら「月給泥棒」と言われても致し方ないですよ。これでまた受信料支払い拒否者が増えそうだ。

念のために言っておきますと、彼の国は建国以来ずっと反日なんです。初代大統領・李承晩(イ・スンマン)が敷いた反日路線を突っ走っているのです。若干好転したのが朴正煕大統領時代でしょうか。彼は日本統治時代に日本の士官学校に学び任官していますので、李承晩の反日政策の出鱈目さを知っていましたから。そういえば国交正常化したのも彼の治世でしたね。しかしながら、その後の政権は李承晩時代に逆戻りしてしまっています。ずっとくすぶり続けていたのだけれども日本国内で報道されることがなかったので気づかずに来ただけのことなのです。それが2002年のサッカーワールドカップ開催や韓流ブームとかで行き来が盛んになり、またインターネットの普及に伴って両国の情報が簡単に入手できるようになったことで互いの粗が目に付き、気になるようになっているのです。特に日本側の韓国に関する情報が激増しています。たとえば韓国がどんな教育をしているかなんて知られていなかった。それが広く知られることで韓国に対する反感や嫌悪感が高まっているのです。そのことにこの制作者は気づいていないようですね。

そして何より問題なのは、これだけ貴重な情報を得ておきながら番組にはほとんど反映されていないことです。予定調和なものができてくることは予想していましたが、ここまで徹底的に無視を決め込むとは……。事実は事実として提供しないと建設的な議論の材料にはならないと思います。

葛藤に弱い日本人の特徴からすれば、ちょいとシンドイことですが、韓国の人たちが韓流自虐史観を脱し、日韓の付き合いが普通の国のものになるためには日本側が辛抱しなければならないこともあるのです。言うべきことはきちんと言う。それによって猛反発がでることがあるかもしれない。ピリピリした関係が続くことでしょう。しかし、根気良く事実を持って説得していくしかありません。見かけの友好関係を維持するために配慮するのは真の友好のためには百害あって一利なしと知るべきです。

それと勘違いして欲しくないのは国と国との関係ではバチバチぶつかっていますが、人と人との付き合いは大事にして欲しいということです。この辺のことがわからない人は「朝鮮だから」とか言って朝鮮・韓国人を蔑視するでしょ。マスコミに近いところにいる人たちの中にもそういう単細胞な人がいるようですけれども、それは間違いです。


先の「BSディベートアワー」のアンケートですが、もうひとつ特色があります。日本のマスコミの報道姿勢に対して疑問を呈している人が多いのです。韓国の3大日刊紙『朝鮮日報』『東亜日報』『中央日報』の日本語版を読み、翻訳掲示板で意見交換・情報交換しているような人たちからみると「日本のマスコミは伝えるべきことを伝えていない」とか「韓国側の代弁しかしていない」と見えるようです。語学の達者な人は日本語版どころか韓国語情報源に直接触れているし、両国間の歴史も良く勉強しています。視点も日韓両国関係だけでなく、世界史的な視点からも眺める多角的なものになっています。かつては読者をリードしていたかもしれませんが、今や読者に追い越されつつあるのです。そのことがわかっていないように思われます。

[関連ファイル]

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June 16, 2005

「日本の教育をだめにしたのは日教組」という迷信

  • 「日本の教育をだめにしたのは日教組」という指摘がよくされる。しかしそれは本当なのだろうか。

  • 日教組の組織率は下がる一方で、昭和60年の段階で5割を割り込んでおり、昨年とうとう3割を割り込んだ。教育界を壟断する力などもはや持ち合わせてはいない。

  • にもかかわらず教育界には様々な問題が発生しているのはなぜなのだろうか。


「日本の教育をだめにしたのは日教組」という指摘がよくされます。しかしそれは本当なのでしょうか。

文部科学省がまとめた日教組組織率・新採加入率の推移(PDFファイル)というデータによれば、確かに昭和30年代初めには9割近かった日教組の組織率は一貫して下げ続け、昭和60年には5割を割り込み、昨年とうとう3割を割り込む体たらくなのです。かつてのような力はもはや待ち合わせていないと見るべきなのではないでしょうか。「いや、そんなことはない。その証拠に『新しい歴史教科書をつくる会』の教科書の採択率は1%にも満たなかったではないか」といわれるかもしれませんね。

確かに前回の結果は惨憺たるものでした。しかし、前回の採択で同会の編集した教科書の採択率が極めて低かったのは、単純に教科書としての出来が悪すぎたからに過ぎないのです。このことは出版元の扶桑社の方でもわかっているようで、今回は執筆陣を大幅に入れ換えています。教科書の執筆って他の本とちょっと違うんですね。他の本では書き手の主義主張を前面に押し出して書けますし、むしろそういう個性的な部分がないと評価されないのですが、教科書の場合にはできるだけ淡々と中立性に注意した書き方を工夫しなければならないのです。しかも最低限書かなければならないことは決まっていますし、紙幅の制約もありますから、職人芸に近いのです。ですから今回は教科書執筆の経験のある執筆者を多くするなど手が打たれています。その結果かなり完成度が上がってきているようですので、今回はそこそこ採択されるのではないでしょうか。

余談ですが、最近の教科書見たことあります?
先日たまたま今使われている歴史教科書だという画像を見つけたのですが、これはひどいことになっていますよ。中国か韓国の教科書を翻訳したものかと思いました。それというのも近隣条項なんて妙なものがあるからいけないのです。学術的に事実関係が確定していないことすら「近隣諸国への配慮」の一言で書いているのは教科書としては非常に問題です。
以前見た画像を紹介しようと思ったのですが、見つけられません。子供のいる方はぜひお子さんの使っている歴史教科書に目を通してみてください。

さて、日教組が影響力を失っているのに教育界に問題が多いのはなぜなのでしょうか。私は文部科学省のせいだと思います。管理が行き届きすぎたために教師が官僚化してしまっているのです。管理強化の弊害は教師自身が作成しなければならない文書の増大という形で現れてきています。ただでさえ忙しいのにこういったことでさらに時間をとられ、教師の本分である教材研究に回す時間がなくなっていたり、子供と接する時間が減ったりしているのが問題の根っこにあるのではないでしょうか。

そして採用と任用にも問題があるのではないでしょうか。教員の中途採用を認めるべきです。校長に民間出身者を登用する動きはある程度広がっていますが、日常的に児童生徒と接する教員にこそ社会経験の豊富な人材を当てるべきです。

それから教育の目的というか役割を見直すべきでしょう。今の教育は「国家有為の人材を育成する」という考え方で組み立てられています。大学は官庁や大企業の就職予備校になっていますし、高校から小学校まではその大学の予備校になってしまっています。日本が発展途上国だった時代にはそれでも良いかもしれません。しかし、今の時代には合っていないでしょう。教育の役割を「良き市民を育む」ことにおいて見直す必要があると思うのですが、皆さんどう思われます?
コメント、トラックバックいただけると幸いです。

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June 06, 2005

遠交近攻~新たな日中関係を考える

  • 日中関係はもはやオメデタイ関係ではなくなった。したがって無理に仲良くしようとしないことが理に適っている。

  • 新たな日中関係は遠交近攻で行くべきだ。

  • 日本は世界平和に貢献できるプロジェクトの日中韓による推進を提案すべきである。


日中関係がギクシャクしています。改善策を求める動きも激しくなっているようですが、興味深い考え方を見つけました。

それは衆議院議員の長島昭久さん(民主党・東京21区選出)のサイトに掲載された「『遠交近攻』策・・・新たな日中関係を考える」というコラムで示されています。転載の承諾をいただきましたので紹介します。


昨日、中国の呉儀副首相が、小泉首相との会談をドタキャンし急遽帰国してしまった。

外交上きわめて異例のことで、外務省も中国側の真意を測りかねているという。当然のことながら、いかにも非礼ではないかという非難の声が挙がっている。

国際法を無視し暴徒化した4月のデモ騒動によって一気に冷却化した日中関係。先月23日のインドネシアにおける日中首脳会談で改善の兆しが出てきた矢先だけに、今回の会談中止はそれに冷や水を浴びせるような格好となった。

しかし、私は、日中関係の現状を直視し、このようなことに一喜一憂すべきでないと考えている。換言すれば、72年の国交正常化以来の「日中友好万歳!」といったオメデタイ関係ではもはやなくなったということ。私は、日中のライヴァル関係は、両国の経済が破綻しない限り、向こう数10年は続くと諦観している。したがって、無理に仲良くしようとしないことだ。多少のトラブルにも動じないことだ。

これまで、「日中友好」を至上命題に、無理に仲良くしようとした結果、総額3兆円に上る対中ODAの成果は一顧だにされず、歴史認識では一方的に相手の主張を鵜呑みにし、東シナ海などにおける海洋権益をめぐっては主張すべきこともせずに、譲歩と妥協の連続で国益を大きく損なってきたのである。中華の国の定義に従えば、「友好」とは「従属」に他ならないのだから。我が国は、これまで摩擦を恐れるばかりに、相手の主張にしたがって友好関係を築かざるを得なかったのである。

ここは、じっくり腰を落ち着けて、対等で公正で持続可能な日中関係を築き直すことだ。それには、戦略的な外交が必要である。戦略とくれば中国古典『戦国策』。その中の「秦策」に「遠交近攻」というのが出てくる。遠国と結び、隣国を攻むるという外交戦略で、秦はこの基本戦略で統一を成し遂げたといわれている。

もちろん、中国に攻め込むわけではない。しかし、中国との外交関係を安定させるためには、これまでのように対中二国間外交に没頭するだけでは十分とはいえない。結局、相手のペースに嵌ってしまうばかりで、却って国内の対中フラストレーションが高まり、ちっとも持続可能で良好な関係は築けない。

そこで、「遠交近攻」策である。近くの中国との関係を正常化するためには、遠くの、例えば、インドやロシアやASEAN諸国との関係を確かなものにする必要がある。言うまでもなく、(地理的には近い国だが)韓国との関係も広い意味での遠交近攻策には不可欠な要素だ。また、アメリカとの同盟関係は「遠交」の要である。

とくに、中国の背後にあって経済面でも人口(つまり市場規模)の面からも中国を猛追し、中東湾岸から北東アジアへのシーレーンを扼するアジアの大国インドの存在は、日本にとって欠くべからざる戦略的価値を持っている。しかも、インドは、外交関係を強化する上で我が国にとってマイナス要因のまったくない珍しい国だ。

インド外交の詳細は別の機会に譲るが、このインドをはじめ、ロシアとの間で北方領土問題を解決し(この点で、佐藤優『国家の罠』は大変参考になった!)、ASEANや韓国との間でFTA・EPAを締結し、ちょうどジグソウ・パズルの要領で、中国をとりまく国際関係のピースを端から埋めていくのだ。そうすれば、最後に残った穴に中国のピースがすっぽりはまるであろう。日本との関係を改善しなければ、その他の国々との関係もままならぬ、と中国が悟るように道をつけていくのだ。

これが私の考える対中「遠交近攻」策である。つまり、外交戦略というのは、それぞれの二国間関係を積み上げていく「帰納的な方法」ではなく、日本が世界をどうしたいのか、どういう世界が日本にとって望ましいのか、というトータル・イメージを先ず明らかにした上で、そこで規定された国益と国家目標にかなう二国間関係を組み合わせていく「演繹的な手法」で構築すべきものなのではないか。

その意味では、外務省の機構改革はもちろん、首相官邸に包括的な戦略を練り上げるNSC(国家安全保障会議)のような組織を創設することが急務である。これも、政権交代の重要な課題だ。
長島フォーラム21より


どうです? 私には大いに納得できる主張です。民主党にもこういう冷静な判断の出来る人がいるのですね。
長島さんは国土交通大臣を務めた石原伸晃さんのところで公設第1秘書を務めていたんだっけ。

それはともかく「日中関係はもはやオメデタイ関係ではなくなった。したがって無理に仲良くしようとしないこと」が理に適っているとする見方は、外交の専門家ならではの見方だと思います。

公明党や河野洋平さんや加藤紘一さんなどはオメデタイ関係のときの価値観から抜け出せていないのではないでしょうか。

日中国交回復の実現に公明党の果たした役割が大きかったことは認めますよ。当時の竹入委員長が中国を訪問し、田中首相の訪中のお膳立てをした功績は大です。しかしその時の感覚のままでいて大丈夫なのでしょうか。相手が変わってしまっているのに、それに気づかずにいるように見えるのです。恋愛時代なら「好きだ、好きだ」でもいいでしょう。新婚時代にもそれは認められるでしょう。しかし生活という現実と向き合ったとき「好きだ、好きだ、愛してる」だけではどうにもならなくなるではないですか。互いに我侭が出てくる。相手の粗が見えてくる。そのときにどうするかという問題です。


中国は変わってしまいました。1998年秋、訪日した江沢民主席(当時)の発言にそれは見られます。よりによって天皇陛下主催の宮中晩餐会で歴史認識の問題を持ち出してきたのです。この問題については日中平和友好条約や天皇皇后両陛下の中国訪問、そして1995年に出された村山首相談話などによってケリがついていたのです。さらに1972年の国交正常化以来、多くの人々による交流が進められ日中関係は順調に歩みを進めていたのです。にもかかわらず、江沢民主席は宮中晩餐会のスピーチで歴史認識の問題を持ち出してきたのです。これが今日の日中関係悪化の根源です。

つまり、中国はかつてほど日本を必要としなくなっているのです。そもそも中国共産党が日本と国交を開こうとしたのは、ソ連との確執から後顧の憂いをなくすためであり、日本の資金と技術とによって産業と軍の近代化を進めるためでした。しかし、宿敵ソ連が崩壊し、産業と軍の近代化に見通しが立ったことで日本との友好関係が不要になったのです。より正確に言うならば、対日関係は経済と政治が分離できて、いやむしろ少々政治的に難題を吹っかけてやった方が得られるものが大きく、うまくすれば服属させることができると考えている節が見受けられます。

たとえば日本でいう中学生向けの中国の歴史教科書が日本語に翻訳されているのですが、これを見ると唖然とします。過去はどうあれ、友好善隣関係を結んでいる相手をこうもあしざまにあげつらうものでしょうか。戦後教育を受けた日本人の感覚からしたら、これはもう教科書ではありません。プロパガンダです。政治的宣伝以外の何ものでもありません。さらに言うなら仮想敵国に対してもこうまではしないのではと私は思いました。それほど偏った中身です。ですから「この翻訳本は右翼系の言論人によって中国を貶めるために書かれたのではないか」と疑って翻訳・執筆した人たちについて調べられる人については調べてみました。どうもそうではなさそうです。むしろ、左翼系の学者や研究者であって中国のことをもっと知ってもらいたいという思いから翻訳・出版したもののようです。ということで、私の右翼系の言論人による中国を貶める工作という仮説は否定されました。「中国国民の感情に配慮すべき」などという親中国の政治家がいますが、こういうことを承知しているのでしょうか。

「歴史認識問題」や「靖国問題」については「決着済みの問題である」とか「国内問題である」と撥ね付けるのが良いと私は思います。日本が相手にするから歴史が外交カードとして生きてくるのです。毅然とした態度で接すれば歴史カードは無力化できます。押し売りに対して要らないものは要らないとはっきり言わないと、いつの間にか値段ばかり高い安物を買わされてしまうのと同じです。それが証拠に4月の反日デモに対して小泉政権は毅然と対応しました。まだ不満足なところもありますが、従来の政権とは異なる毅然とした対応を取りました。そのことが中国の主張の欺瞞性を国際社会に知らしめ、今まで経済的な側面、すなわち市場としてしか認識していなかったヨーロッパやアメリカに別の姿を見せることとなりました。その意味が日本のマスコミにはわかっていないようですが、わかっている人にはわかっているようです。

さて、せっかくの長島さんの提言ですが、中国に先を越されてしまっているようです。中国は領土を巡って戦争にまで発展したロシアやインドとの国境線を交渉により確定し、友好関係を築いています。東南アジア諸国ともFTAなどを通じて関係強化を図っていますし、エネルギーと食糧生産の世界的な基地となりそうなブラジルとも急接近しています。これらはすべて日本が中国との関係で「遠交」を果たさなければならない相手ですが、日本よりも素早く動いています。

「日本が世界をどうしたいのか、どういう世界が日本にとって望ましいのか、というトータル・イメージを先ず明らかにした上で、そこで規定された国益と国家目標にかなう二国間関係を組み合わせていく『演繹的な手法』で構築すべきものなのではないか」と長島さんは指摘しています。まったく同感です。

これを実現するために、日本は大きく分けてふたつのことをする必要があると思います。第一に明治以来の歴史の再評価です。これがなされていないために外交的に無駄な努力をしなければならなくなっていると思います。歴史は平板ではありません。立体的なものです。ですから、見る角度を変えればいかようにも解釈ができます。「正しい歴史認識」を求めてくる相手に対してどのように対応していくかも、このような研究から導き出せるでしょう。

もうひとつは日中韓による共同プロジェクトを企画・実施するのです。未来志向と言いながら具体的な案件を生み出してきていないところに日中、日韓の関係がギクシャクする原因があるのです。具体的な案件を提示し、新しいものを創っていく作業を共同して行っていくことで新秩序を作っていく共通認識や共通の方法論を獲得していくのです。長い交流のある三国ですが世界史的なインパクトを与えるプロジェクトを共同して行ったことがありません。どんな小さなものであれ、三国共同プロジェクトを成功させ、それを継続・発展させることができるならば過去を巡ってのゴタゴタはなくなっているのではないでしょうか。

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June 03, 2005

スモールビジネスのためのブログ活用のすすめ

『スタッフアドバイザー』(税務研究会)での連載が復活しました。今回は「スモールビジネスのためのブログ活用のすすめ」ということで、ブログのビジネスでの使い方について紹介しています。

とはいえ、私の屁理屈よりも実際どう使っているか見てもらった方が早いだろうと「今月のピカイチブログ」という囲みを用意しまして、そこで事例紹介することにしています。

その第1回に登場してもらったのがちょっと素敵なビジネスブログ~その1で取り上げた「ブラザー社員のブログ brotherhood」です。

実は案内役の松原さんに代わり時々顔を出す上司の古橋さんは知り合いでした。松原さんの上司ということを知らずに掲載のお願いをしたのでした。すると広報からのメールとは別に見覚えのある名前のメールが。古橋さんからでした。

古橋さんには<@nifty/マーケティングフォーラム>でサブマネジャーをお願いしていました。マネジャーの私がズボラでしたから、その分負担をかけてしまったのではないかなと思います。製品開発に明るいのはもちろん、確かなマーケティグマインドを持っている人でありました。

それで合点が行ったのでした。こんな「暴挙」(?)普通の上司じゃOKするわけないもの。ブログなんて怪しげなもの企業がそう簡単に始めるわけがありません。その価値をきちんと理解していて、どう使えば良いのかの見通しの立てられている推進者や理解者がいなくては……。古橋さんならその辺見抜いているでしょうし、どうしたら良いかもわかっているでしょう。かてて加えて新しいことを始める勇気も持っていますしね。

掲載誌を贈らせていただいたところ、折り返し広報から問い合わせメールが来ました。記事の一部を引用して「ブラザー社員のブログ brotherhood」で紹介しても良いかとのこと。願ったりかなったりの話ではありますが、次の号が出るまでは私の一存では決められません。独占的な使用を『スタッフアドバイザー』に認めているのですから、著者といえどもそれを覆すことはできません。当然のことながら編集部の了解をとって「どうぞ」と返事をしました。

ところが掲載されません。やっぱり掲載するのはやめたんだと思っていたのですが、先ほど見つけました。2005年5月13日に掲載されていたのです。しかしこの日は2本記事があって、パッと見てわからないところにあったので見落としていたのでした。私の一番言いたかったことをくみとって紹介してくださっています。どうもありがとう!

ブログはファンをつくるための道具です。そこのところを押さえていないと失敗しますよ。ビジネスブログで成功しようとするなら、読むべき本はブログ本じゃないですね。今のところまだ核心を突いてきている本は私の知る限り出ていないです。

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