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June 06, 2005

遠交近攻~新たな日中関係を考える

  • 日中関係はもはやオメデタイ関係ではなくなった。したがって無理に仲良くしようとしないことが理に適っている。

  • 新たな日中関係は遠交近攻で行くべきだ。

  • 日本は世界平和に貢献できるプロジェクトの日中韓による推進を提案すべきである。


日中関係がギクシャクしています。改善策を求める動きも激しくなっているようですが、興味深い考え方を見つけました。

それは衆議院議員の長島昭久さん(民主党・東京21区選出)のサイトに掲載された「『遠交近攻』策・・・新たな日中関係を考える」というコラムで示されています。転載の承諾をいただきましたので紹介します。


昨日、中国の呉儀副首相が、小泉首相との会談をドタキャンし急遽帰国してしまった。

外交上きわめて異例のことで、外務省も中国側の真意を測りかねているという。当然のことながら、いかにも非礼ではないかという非難の声が挙がっている。

国際法を無視し暴徒化した4月のデモ騒動によって一気に冷却化した日中関係。先月23日のインドネシアにおける日中首脳会談で改善の兆しが出てきた矢先だけに、今回の会談中止はそれに冷や水を浴びせるような格好となった。

しかし、私は、日中関係の現状を直視し、このようなことに一喜一憂すべきでないと考えている。換言すれば、72年の国交正常化以来の「日中友好万歳!」といったオメデタイ関係ではもはやなくなったということ。私は、日中のライヴァル関係は、両国の経済が破綻しない限り、向こう数10年は続くと諦観している。したがって、無理に仲良くしようとしないことだ。多少のトラブルにも動じないことだ。

これまで、「日中友好」を至上命題に、無理に仲良くしようとした結果、総額3兆円に上る対中ODAの成果は一顧だにされず、歴史認識では一方的に相手の主張を鵜呑みにし、東シナ海などにおける海洋権益をめぐっては主張すべきこともせずに、譲歩と妥協の連続で国益を大きく損なってきたのである。中華の国の定義に従えば、「友好」とは「従属」に他ならないのだから。我が国は、これまで摩擦を恐れるばかりに、相手の主張にしたがって友好関係を築かざるを得なかったのである。

ここは、じっくり腰を落ち着けて、対等で公正で持続可能な日中関係を築き直すことだ。それには、戦略的な外交が必要である。戦略とくれば中国古典『戦国策』。その中の「秦策」に「遠交近攻」というのが出てくる。遠国と結び、隣国を攻むるという外交戦略で、秦はこの基本戦略で統一を成し遂げたといわれている。

もちろん、中国に攻め込むわけではない。しかし、中国との外交関係を安定させるためには、これまでのように対中二国間外交に没頭するだけでは十分とはいえない。結局、相手のペースに嵌ってしまうばかりで、却って国内の対中フラストレーションが高まり、ちっとも持続可能で良好な関係は築けない。

そこで、「遠交近攻」策である。近くの中国との関係を正常化するためには、遠くの、例えば、インドやロシアやASEAN諸国との関係を確かなものにする必要がある。言うまでもなく、(地理的には近い国だが)韓国との関係も広い意味での遠交近攻策には不可欠な要素だ。また、アメリカとの同盟関係は「遠交」の要である。

とくに、中国の背後にあって経済面でも人口(つまり市場規模)の面からも中国を猛追し、中東湾岸から北東アジアへのシーレーンを扼するアジアの大国インドの存在は、日本にとって欠くべからざる戦略的価値を持っている。しかも、インドは、外交関係を強化する上で我が国にとってマイナス要因のまったくない珍しい国だ。

インド外交の詳細は別の機会に譲るが、このインドをはじめ、ロシアとの間で北方領土問題を解決し(この点で、佐藤優『国家の罠』は大変参考になった!)、ASEANや韓国との間でFTA・EPAを締結し、ちょうどジグソウ・パズルの要領で、中国をとりまく国際関係のピースを端から埋めていくのだ。そうすれば、最後に残った穴に中国のピースがすっぽりはまるであろう。日本との関係を改善しなければ、その他の国々との関係もままならぬ、と中国が悟るように道をつけていくのだ。

これが私の考える対中「遠交近攻」策である。つまり、外交戦略というのは、それぞれの二国間関係を積み上げていく「帰納的な方法」ではなく、日本が世界をどうしたいのか、どういう世界が日本にとって望ましいのか、というトータル・イメージを先ず明らかにした上で、そこで規定された国益と国家目標にかなう二国間関係を組み合わせていく「演繹的な手法」で構築すべきものなのではないか。

その意味では、外務省の機構改革はもちろん、首相官邸に包括的な戦略を練り上げるNSC(国家安全保障会議)のような組織を創設することが急務である。これも、政権交代の重要な課題だ。
長島フォーラム21より


どうです? 私には大いに納得できる主張です。民主党にもこういう冷静な判断の出来る人がいるのですね。
長島さんは国土交通大臣を務めた石原伸晃さんのところで公設第1秘書を務めていたんだっけ。

それはともかく「日中関係はもはやオメデタイ関係ではなくなった。したがって無理に仲良くしようとしないこと」が理に適っているとする見方は、外交の専門家ならではの見方だと思います。

公明党や河野洋平さんや加藤紘一さんなどはオメデタイ関係のときの価値観から抜け出せていないのではないでしょうか。

日中国交回復の実現に公明党の果たした役割が大きかったことは認めますよ。当時の竹入委員長が中国を訪問し、田中首相の訪中のお膳立てをした功績は大です。しかしその時の感覚のままでいて大丈夫なのでしょうか。相手が変わってしまっているのに、それに気づかずにいるように見えるのです。恋愛時代なら「好きだ、好きだ」でもいいでしょう。新婚時代にもそれは認められるでしょう。しかし生活という現実と向き合ったとき「好きだ、好きだ、愛してる」だけではどうにもならなくなるではないですか。互いに我侭が出てくる。相手の粗が見えてくる。そのときにどうするかという問題です。


中国は変わってしまいました。1998年秋、訪日した江沢民主席(当時)の発言にそれは見られます。よりによって天皇陛下主催の宮中晩餐会で歴史認識の問題を持ち出してきたのです。この問題については日中平和友好条約や天皇皇后両陛下の中国訪問、そして1995年に出された村山首相談話などによってケリがついていたのです。さらに1972年の国交正常化以来、多くの人々による交流が進められ日中関係は順調に歩みを進めていたのです。にもかかわらず、江沢民主席は宮中晩餐会のスピーチで歴史認識の問題を持ち出してきたのです。これが今日の日中関係悪化の根源です。

つまり、中国はかつてほど日本を必要としなくなっているのです。そもそも中国共産党が日本と国交を開こうとしたのは、ソ連との確執から後顧の憂いをなくすためであり、日本の資金と技術とによって産業と軍の近代化を進めるためでした。しかし、宿敵ソ連が崩壊し、産業と軍の近代化に見通しが立ったことで日本との友好関係が不要になったのです。より正確に言うならば、対日関係は経済と政治が分離できて、いやむしろ少々政治的に難題を吹っかけてやった方が得られるものが大きく、うまくすれば服属させることができると考えている節が見受けられます。

たとえば日本でいう中学生向けの中国の歴史教科書が日本語に翻訳されているのですが、これを見ると唖然とします。過去はどうあれ、友好善隣関係を結んでいる相手をこうもあしざまにあげつらうものでしょうか。戦後教育を受けた日本人の感覚からしたら、これはもう教科書ではありません。プロパガンダです。政治的宣伝以外の何ものでもありません。さらに言うなら仮想敵国に対してもこうまではしないのではと私は思いました。それほど偏った中身です。ですから「この翻訳本は右翼系の言論人によって中国を貶めるために書かれたのではないか」と疑って翻訳・執筆した人たちについて調べられる人については調べてみました。どうもそうではなさそうです。むしろ、左翼系の学者や研究者であって中国のことをもっと知ってもらいたいという思いから翻訳・出版したもののようです。ということで、私の右翼系の言論人による中国を貶める工作という仮説は否定されました。「中国国民の感情に配慮すべき」などという親中国の政治家がいますが、こういうことを承知しているのでしょうか。

「歴史認識問題」や「靖国問題」については「決着済みの問題である」とか「国内問題である」と撥ね付けるのが良いと私は思います。日本が相手にするから歴史が外交カードとして生きてくるのです。毅然とした態度で接すれば歴史カードは無力化できます。押し売りに対して要らないものは要らないとはっきり言わないと、いつの間にか値段ばかり高い安物を買わされてしまうのと同じです。それが証拠に4月の反日デモに対して小泉政権は毅然と対応しました。まだ不満足なところもありますが、従来の政権とは異なる毅然とした対応を取りました。そのことが中国の主張の欺瞞性を国際社会に知らしめ、今まで経済的な側面、すなわち市場としてしか認識していなかったヨーロッパやアメリカに別の姿を見せることとなりました。その意味が日本のマスコミにはわかっていないようですが、わかっている人にはわかっているようです。

さて、せっかくの長島さんの提言ですが、中国に先を越されてしまっているようです。中国は領土を巡って戦争にまで発展したロシアやインドとの国境線を交渉により確定し、友好関係を築いています。東南アジア諸国ともFTAなどを通じて関係強化を図っていますし、エネルギーと食糧生産の世界的な基地となりそうなブラジルとも急接近しています。これらはすべて日本が中国との関係で「遠交」を果たさなければならない相手ですが、日本よりも素早く動いています。

「日本が世界をどうしたいのか、どういう世界が日本にとって望ましいのか、というトータル・イメージを先ず明らかにした上で、そこで規定された国益と国家目標にかなう二国間関係を組み合わせていく『演繹的な手法』で構築すべきものなのではないか」と長島さんは指摘しています。まったく同感です。

これを実現するために、日本は大きく分けてふたつのことをする必要があると思います。第一に明治以来の歴史の再評価です。これがなされていないために外交的に無駄な努力をしなければならなくなっていると思います。歴史は平板ではありません。立体的なものです。ですから、見る角度を変えればいかようにも解釈ができます。「正しい歴史認識」を求めてくる相手に対してどのように対応していくかも、このような研究から導き出せるでしょう。

もうひとつは日中韓による共同プロジェクトを企画・実施するのです。未来志向と言いながら具体的な案件を生み出してきていないところに日中、日韓の関係がギクシャクする原因があるのです。具体的な案件を提示し、新しいものを創っていく作業を共同して行っていくことで新秩序を作っていく共通認識や共通の方法論を獲得していくのです。長い交流のある三国ですが世界史的なインパクトを与えるプロジェクトを共同して行ったことがありません。どんな小さなものであれ、三国共同プロジェクトを成功させ、それを継続・発展させることができるならば過去を巡ってのゴタゴタはなくなっているのではないでしょうか。

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Comments

平誠さん、\(^o^)/こんばんは!
民主党にも、こういう考え方の人がいらっしゃるん
ですね。今までの中国外交は、押されれば引くという
姿勢がつよく、場当たり的な対処が今日の現状を
生み出していると思うのです。
中国はどうも、政治的に日本を屈伏させたいと思っ
ているとしか考えられないのです。
ある意味 小泉さんで良かったかもなんて。
くまさんことくまボンでした。ではでは(^.^)/~~~

Posted by: くまさん | June 06, 2005 at 08:52 PM

くまさんの「場当たり的な対処が今日の現状を生み出している」との見方、同感です。そして「中国はどうも、政治的に日本を屈伏させたいと思っている」との分析もその通りだろうと思います。
今、日中関係のマスコミ報道では「小泉首相の靖国参拝問題や歴史教科諸問題をきっかけに冷え込んだ日中関係~」なんて定型句が幅を利かせていますが、これ間違えていますよね。日中間の過去を巡っての問題はすべて決着済みだったのです。それを1998年秋、当時の江沢民主席がひっくり返したのが始まりでしょ。小泉さんは火に油を注いだかもしれないが、きっかけをつくったわけではありません。一旦消えた火を再び熾したのは江沢民さんの方だということを忘れてはなりません。日中関係を危うくしているのは中国の側なのにそれを捻じ曲げて伝える報道機関ってなんなのでしょうか。しかも腐臭がするのを人々が感じ取っているのも気づいていないようなのです。

この夏、南京事件関係の裁判で判決が出ます。それをどのように伝えるかでマスコミの現状が見えてくると思いますよ。

Posted by: 平 誠 | June 20, 2005 at 06:28 PM

平誠さん、コメントありがとうございました。
衆議院議員・長島昭久氏の見方、考え方、なるほど、というか私もほぼ同じ見方です。
ただ、私は在野の身なのでより過激ですが(笑い)。
また、貴殿の記事内容も大いに参考になりました。
>中国は変わってしまいました。1998年秋、訪日した江沢民主席(当時)の発言にそれは見られます。<
まったくそうですね。
ただ、「対等な主権国家としての関係を模索する動きは、村山内閣の土下座外交に対する反動として、1990年代後半からあった。
そして1998年の「江沢民来日」を転機として、その動きが大きな流れになった」のも事実です。
日本の外交も変わりつつあると思います。
民主党には、在韓日本大使館の前で、日の丸に×印を付けて「反日」を叫ぶ岡崎トミ子副代表のような政治家もいます。
「政治のねじれ」も、日本のあるべき姿をあいまいにしている原因ではないでしょうか?

Posted by: 坂 眞 | July 29, 2005 at 04:11 PM

坂 眞さん、わざわざお出でいただきありがとうございます。
中国の対日観の変化は1980年代に始まっていますね。歴史カードを切り始めたのはこのころからですし、それが経済面に悪影響を与えるどころか、ODA増額などむしろ得るものが大きいことを学んだのですから、要求が過激になり続けて行きました。その総仕上げが1998年11月の訪日時の発言と見ることもできるわけです。

ただ江沢民の側から見ると別の風景が見えてくるのではないでしょうか。なんせ「三国志」と「水滸伝」の国ですからね。

国レベルではしばらくコンフリクトが続くと思います。これはある面しょうがないなと思います。2000年の交流史の中で今ほど密接に関わりあったことはないのですから。地方同士の付き合い、企業と企業の付き合い、家族ぐるみでの付き合い、個人と個人の付き合いといった関係が重層的に結ばれ、相互信頼が醸成されないことには国レベルでの関係改善はなかなか難しいと思います。

ナショナリズムというのはないと困るのですが、ありすぎても困るのですね。ナショナリズムは根本的に排他性を包含していますので、多すぎると差別やファシズムに繋がってしまいます。それが人々に幸福をもたらさないことを私たちは知っています。ナショナリズムをコントロールする術を持つべしというのが歴史の教訓でしょう。で、ここ1ヶ月ほど危険な領域に近づきつつあるように思われます。ブログや掲示板を見ていて中韓両国人に対する罵倒発言が増えています。日本人に対する英語の侮蔑表現である「Jap」に相当する言葉を書き込む人が増えてきています。あぶないなぁ。

小選挙区制になれば議員個人でなく政策を掲げた政党を選ぶ占拠になるはずでしたが、未だ過渡期にあるのか政党と個人の資質とが一致していないケースがまま見られますね。ご指摘のケースもそのひとつだと思っています。自民党にしろ民主党にしろピンからキリまで揃っています。自民党だからダメとか、民主党だからダメなどと言えないのですが、頭の弱い人はレッテル貼りをしてして平然としています。その無自覚・無責任がどういう結果をもたらすか気づいて欲しいものですね。

坂さんのブログ「依存症の独り言」は冷静かつ実証的に歴史をご覧になっている方の多いサイトですので私のおすすめに入れています。今後とも宜しくお願いします。

Posted by: 平 誠 | July 31, 2005 at 03:21 PM

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